【勾玉遊戯】one of A pair
それは、他人には絶対知られてはならない二人の背徳の秘密。
ただでさえ屋敷は広く、家族も客も宴会で酒が入り、他人のことなど気にしてはいない。そうであるから――そうであるなら二人が一緒に浴室にいくことなどちょっと注意を払えば簡単なことだった。
それはもう、何年も前から親の目を盗んで続けてきたことだったから。
兄妹にとってはそれは日常的な行為ですらあって、親さえ騙し続けてここまできたのだ。
だからその日の真実を、誰一人として知らない。知り得ない。
大量に飲酒した人間を、浴槽の中に静めて殺害するのは、さほど難しいことではない。
まして躯の欲求に溺れかけている男など。
彼女は頸筋に指を這わせ、そのままその指先に軽く力を込め――水面に恋人の頭を突っ込んだ。抵抗したところで、それは大した障害にはならなかった。
そして彼もまた、抵抗らしい抵抗をしなかった――妹の意思を悟って。
彼女が肩と額を押さえ込む。
――ごめんね、お兄ちゃん……!
頸は絞めない。溺れて死ぬのだ。兄は、酔ったまま風呂に入って、事故死するのだ。頸を絞めたら跡が残るって、本に書いてあった。
――あたしのこと、誰より好きっていったもん。だから、誰にも渡さないもの……!
そこにいて、寝起きしているその少女はその家のどこに存在していたとておかしくはない。
だから証拠を湮滅する必要などなかった。
ただひとつ、浴室に落とした片方の耳飾を除いては。
「それが……『証拠』と――?」
「そう。彼女自身には、『証拠』という意識はなかったけれど。あれ、どうやらその件の兄貴からのプレゼントか何かだったらしいね。彼女はただ、それを大切に思っていただけ。それを探して、屋敷の中を彷徨ってたんだな。だけど寺の坊主がね。魔除け札で屋敷を結界したからさ、彼女屋敷に立ちいれなくなっちまったわけよ。それがわかったのが、二度目に、彼女の部屋を見せてもら
ったとき」
そういって、柚真人は小さく肩を竦める。
「それはバスルームの側溝に落ちてた。彼女、気がついてなかったけどね」
「ああ……あなたには、見えてしまうんですね。そうでしょう? 彼女が死の瞬間に思ったことも――その浴室での出来事も――」
柚真人は頷いた。
「犯行途中、兄も少しは抗った。そのときに、彼女の耳からそれが零れ落ちたのが見えた」
「……そうでしたか」
作品名:【勾玉遊戯】one of A pair 作家名:さかきち@万恒河沙