【勾玉遊戯】one of A pair
――現代の人々にとって『信教の自由』には重要が意味はないんです。そもそもの存在意義からしてもそう言えるんでしょうが。
友人で、弁護士でもある青年は、柚真人によくそんなことをいう。
――日本人にとっては、宗教は信仰ではないんです。思想なんですね。何でもいいんですよ……安心させてくれるものなら。人は、弱い生き物ですから、誰かが正当化してくれないと、一人ではとてもやっていけない。そうでしょう?
――本当に人々が欲しかったのは、信仰の自由ではなく、弾圧されることのない自由だったのではないか、と……私は思うんです。心の平穏は欲しいけれど、それ以上は、信仰にさえ縛られたくはない。それが、宗教的雑居性寛容性の正体なのでしょう。ただの身勝手です。
そうかもしれない。
柚真人とて、たまたま古い神社の血統を継いだがために神社本庁から神主の職を預かるにすぎない。柚真人の裡に、信仰は――ない。もっともな話だ。
けれどそれでも、やはりどこかで自分も神様を探して彷徨っている。
柚真人は、それに気がついていた。 誰より神に縋りたいのに。
この世に神などいやしないことを、誰よりもよく知っている。
――それでも……。
神様――と。 ――彼女もきっと、そうだったろう。 柚真人もその遠い祈りに似た絶望を知っているから。
それが最期の願いなら。
神様と――虚空に両手を伸ばして哭いた、あの絶望を知っているから。
――叶えられたって、いいんだろう。
そう、思った。
奇遇は単なる奇遇であって、それ以上でもそれ以下でもない。現象に意味を求めるのは、脆弱な心に他ならない。
神様なんて――神様だけは、どこにもいない。必然たる偶然など有り得ない。
この世のすべての事象は、ただ切れ切れの現象にすぎない。
――でも。
人は脆弱で淋しい生き物だから――奇遇に意味付けをしたいのだ。
神社の鳥居の下に、彼女が居た。
石造りの階段にその少女が座っているのを認めて、柚真人は足を止めた。
昨日と同じように、淋しい瞳をしていた。
篠崎湖珠。享年十九歳。十一月
五日、自宅の部屋にて自殺――。
柚真人が見た、遺影の中の彼女は、明るい陽射しの中で笑っていた。
作品名:【勾玉遊戯】one of A pair 作家名:さかきち@万恒河沙