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城塞都市/翅都 40days40nights

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「あいつは俺のすぐ下の弟でイーシュアン。向こうで寝てるのが末っ子でアキってんだ。同じツラしてるからよくビックリされたり、珍しがられたりするんだけどさ。どこをどうひっくり返しても、ただの三つ子なんだよな。残念ながら」
 机に腰掛けてるそっくりさんを指差し、次にソファに寝転がっているそっくりさんを指差して、ジョシュアさんが言った。
「双子より一人多いだけなんだけど」と頭をかく、困ったみたいなその様子には、ただ「そうなんですか」と納得するしかないけども、でもビックリしたり珍しがったりする人たちの気持ちはよく解る。
 三つ子ってだけでも珍しいのに、ここまでそっくりなんて、興味深いを通り越して逆に気味が悪い。ジョシュアさんには悪いけど、「実は一人が三人に分裂したんです」とか言われた方が、まだしっくりくる、ような気がする。
「だから、別に君が幻を見てるワケじゃないし、アメーバみたいに分裂して増えたってワケでもないんで、安心してくれ……にしたって、ミハイルの妹がこんな美人だったなんてな。アイツに似なくてよかったね、君。お袋さんがよっぽど美人だったんだろう」
 失礼だとは解ってても、じろじろとジョシュアさんたちを見比べてしまうわたしに軽く息をついてから、ジョシュアさんは腰をかがめてわたしの顔を覗き込みながら、「なんたってミハイルは顔面箱細工野郎だったもんな」なんておどけた様子でそんなことを言った。
 そういえば兄さんの親しい友達には、兄さんの顔が四角いのをそう言ってからかう人もいたっけ。なるほど、この人たちが兄さんの知り合いだってことに、間違いはないようである。
 それでわたしが思わず小さく笑うと、ジョシュアさんは「やっと笑ったなぁ」と安心したように笑って、体を起こした。
「女の子は笑ってた方が、やっぱ可愛いくていいなぁ。ウチは男兄弟ばっかりだからさ……んで、とりあえず今日のうちに一つ、君に言っておかなきゃならないことがあるんだが」
 そうして、それまですらすらと言葉を紡いでいたジョシュアさんが不意に言い澱んだのが、その時のことだった。
 言っておかなきゃならないことってなんだろう、と見上げる私の目の前で、ジョシュアさんは大きく息をついて両手で顔を覆う。
 その手をなでおろし、腰に手を当てて天井を見上げて、そして。
「――……お前の兄貴、死んだぞ」
 それを言ったのは、ジョシュアさんではなかった。
 声のした方を見る。机に座ってだらしなく足を組み、欠伸なんかしながらガツンとストレートパンチみたいな言葉を不意打ちで投げたのは、ジョシュアさんのすぐ下の弟と紹介されたばかりのそっくりさんだった。
 あんまりと言えばあんまりな台詞に目を見開いたわたしの目を、細めた酷薄な視線で見つめる。その目の色の冷たさを、やっぱりどこかで見たことがあると思う。
「ミハイルは頭に四発も喰らって即死だった。おかげで顔の判別は出来なかったけど、遺伝子コードは一致して本人に間違いねぇって出たから、間違いなく死んだ。行きがかり上、死体の始末はこっちでつけさせてもらったけど、悪く思うなよ。あとで墓の場所なら教えてやる」
「ちょ、待て、イーシュアン。ただでさえあんまりショック与えるなって、医者に」
 ぎょっとして振り返ったジョシュアさんの制止なんか気にも留めず、机の上に立てた膝に顎を乗せながら乱暴な口調で一気に言った自分のそっくりさんを、ジョシュアさんは眉を吊り上げて睨んだ。
 睨まれてもまるで気にしてない風のそっくりさんは、ケッと面白くなさそうに息を吐いて、がりがりと無造作に前髪をかきあげる。
「お前がグズグズしてんのが悪ィんだろ。ムカつくんだよそー言うの。それに、下手な言い方で誤魔化すより、今の現実突き出してやった方がコイツのためだろ。なんたってミハイルの妹なんだからよ。兄貴がどういう風に死んだのか、知る権利ぐらいあらァ……お前だってそうだろ。ちゃんと知っておきたいだろうが。兄貴と自分に、一体何が起こったのか」
 前髪を撫で付けた手でそのままボリボリ後頭部をかきまわしながら、そっくりさんがわたしを見た。
 わたしは、呆然と見つめ返すことしか出来なかった。
 この人は今、一体何を言ったんだろう。
 兄さんが死んだとか、聞こえた気はするのだけど。
「ミハイルは最近手を出した仕事にしくじって、この町を逃げ出す予定だった。依頼人がヤバイとこだったらしくてな。街に居たら殺されるかもしれねぇからってよ」
 淡々とした低い声が、頼みもしないのに誰かの事情を語った。
 兄さんが何かの仕事に手を出して、しくじったから殺されるって、どういう意味だろうか。わたしの兄さんはちっぽけな町工場の機械工で、お調子者でドジで失敗ばっかりしてて、いつも皆に笑われてたような人だ。ちょっと気が弱くて頼りないけど、でもわたしには優しい兄さんで、失敗したら殺されるなんて、そんな危ない仕事をするような人じゃない。
 だからそれは、何かの間違いだ。そう言い返してやりたかったけど、声が出なかった。
 掠れた呼吸だけが、ただ喉奥を滑り落ちていく。
「俺たちは頼まれて脱走に手を貸してたんだ。ただ、なんでそんなことになっちまったのか、詳しい話は俺らも知らない。とにかく緊急だって話で、事情はミハイルが妹……つまり、アンタと無事に逃げられたら聞くことになってたからな」
 街を出て行くことになっていたのは、覚えてる。明日、わたしと兄さんはこの街を出て行くはずだった。でもそれは兄さんが割のいい、新しい工場の仕事を見つけたからって、ただそれだけの理由だったはずだ。そのお給料ならもうちょっと楽な暮らしが出来るねって、それだけの理由だったはずだ。だからわたしたちは二人で協力して荷造りを済ませて、引越し先を決めて、地下鉄の切符を取って、明日に備えて先に眠っていたら兄さんが帰ってきて、そして。

『ここでじっとしてるんだ。何があっても、動いたり声を上げたりするなよ』

 兄さんは、真剣な表情でそう言った。

『いいから早く!入れ!』

 そう言って、わたしを床下へと押し込んだ。

『いいか、動くな。声も出すなよ』

 真剣すぎる兄さんが怖くて、逆らえなくて、そう言えばあの後すぐ、わたしは兄さんと誰かが言い争う声を聞いたんじゃなかったっけ。
 悲鳴を。
 物が壊れる音を。
 乾いた銃声を、聞いたんじゃなかったっけ。

「隠れ家用意して、偽名で地下鉄の切符を取って、結構苦労したんだぜ?でもまぁ、あいつが死ンじまった以上、それも無駄な努力って奴になっちまったけどな。真相も闇の中だ。アイツが死んだ理由は、誰にも解らん。今のところってだけだが」
 この人の言ってることは嘘じゃない。わたしも知ってる。兄さんがどうなったか。どんな風に殺されたのか。見てなかったけど聞いてた。争う声も物音も銃声も、全部、全部聞いてた。
 でも、思い出したくない。それ以上その声を聞きたくなくて耳をふさぐと、どこかでカタカタ音がした。聞こえないようにぎゅっと強く耳を抑えたけど、止まらない。
 止まらないはずだ。それはわたしの口の中で、細かく震える歯が打ち合う音だったんだから。