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城塞都市/翅都 40days40nights

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 目を見開く。わたしの頭が突然おかしくなったのじゃなければ、その人たちは三人ともまったく同じ顔をしていた。すんなり高い背の高さや腕の長さ、足の長さもまったく同じで、髪も同じ黒で同じ長さに揃えられ、わたしを見つめる視線も同じ黒なら、着ている洋服まで同じだった。
 しゃっくりだったら、きっと今ので止まったのに。
 やっぱりわたしの目がおかしくなったんじゃなかろうか、と目を擦ったわたしの前で、その人たちはきょとんとした表情でお互いに顔を見合わせた。

■■■

 黙っていれば本当に見分けのつかない黒髪の男の人たちは、けれど一人がその後すぐ眼鏡をかけてくれたので、三人の内、彼だけなんとか区別をつけることが出来た。
 わたしの異変を知った後、他の二人やターシャさんに色々な指示を出していたところから察するに、その眼鏡さんがこの家の主らしい。
「声帯にも喉にも異常は見当たらないなぁ……詐病でもないみたいだし。心因性のものだろうね。なにかとんでもなくショックなことがあったとか」
「ショックって……それで声って出なくなるものなのか?」
「出なくなっちゃうんだなぁ、コレが。心と体は密接に繋がってるものだからね。心が体に及ぼす作用ってのは君、これ侮っちゃイカンよ」
 温かいお茶を飲んで心を鎮め、甘いものを食べて少し眠り、それでもわたしの声が戻らなかったので、眼鏡さんは近所に住んでいるという格闘家みたいにゴツイお医者さんを呼んだ。
「別に侮ってはいないけど……まぁ、それはそれとして、どうにかならないもんかね?」
「いつ治るかって断定はできないなぁ、この手の病気は。一応薬は出しておくけどね。抗不安薬と抗鬱薬。それ以外はまぁ、なるべく気にしないで普通に過ごすことだね。催眠療法とか、同じようなショックをもっかい与えてみるって方法もあるけど、あんまりお勧めはしないな。余計悪くなる可能性もあるし」
「少しでも話ができりゃいいんだが……あ、そうだ、筆談!」
「筆談も無理じゃないかなぁ。ねぇ?」
 丁寧にわたしの診察を済ませ、白衣の裾で手を拭きながら首を横に振るお医者さんに、寝かされていたベッドへ腰掛けたわたしの脇から眼鏡さんが聞く。ターシャさんは隣の部屋の台所で洗い物をしていて、他のそっくりさん達は、壁際に置かれたソファと少し離れたテーブルの上にそれぞれ座りながら、じっとわたしを見ていた。
 まるで見張られているようだと思う。同じ顔に三方向から見つめられて落ち着かず、そわそわと膝を揺らしながら視線をあちこちに投げているわたしの頭をポンとたたいて、お医者さんが笑った。
 びくっとして見上げるわたしの頭越しに、眼鏡さんが不満そうな声を漏らす。
「無理って、なんでだ?」
「いや、彼女さ。どーも文字が読めないみたいだから」
「マジか!?」
 ごしごしとわたしの頭をなでながら、お医者さんはにこにこと言った。眼鏡さんが愕然とした顔でわたしを見下ろすので、わたしは少しむっとする。
 確かに「名前、書ける?」と差し出された紙に名前が書けなかったのは事実だけれども、そんなに驚くことだろうか。字が読めない人間なんか、別にこの街では珍しくもなんともない。大体、家はわたしが物心つくより前から兄妹二人暮しの貧乏家庭だったので、学費を払って学校に行くような余裕なんてどこにもなかったのだ。
 学校なんか行かなくたって、別に困らなかった。小さい頃から兄さんと二人で生活していくためにいろんな仕事をしたけれど、文字を書いたり読んだりしなきゃいけないような仕事はしなかったので、困ったことも一回もなかった。
「うん。問診表に名前も歳も書けなかったし、アルファベットも読めなかったみたいだからね。あ、でも歳はなんとか解ったよ。十七歳だってさ。いやー、ピチピチだねぇ。おじさんイタズラしてもいいかなぁ?」
 だから、別に文字なんか読めなくても生きていける。そうしてむすっと頬を膨らませたままのわたしの顔を覗き込みながら笑えない冗談を言って、素で引いたわたしに「冗談だってば」と軽く手を振ったお医者さんは、手早く手持ちの黒いかばんに診察用具をしまいこんだ。
「ま、気を落とさないでさ。治療できないビョーキじゃないんだし」
「いつ治るかわかんねぇ病気なんか、治療できないってのと同じじゃねーか、ったく……」
 長いため息をついた眼鏡さんにやっぱり笑いかけて、お医者さんはうんうんと頷きながら顎をなでた。
「心因性失声みたいな転換性障害の場合はね。治そうと思って躍起になると、さらにドツボにハマっちゃうことが多いんだなぁ。一番の治療はさっきも言ったみたいに、過度なストレスを避けて症状に囚われず、普通に、とにかくふつーに過ごすってこと。ま、とりあえず今日のところはあったかいお茶でも飲んで、ゆっくり眠ることだね……じゃ、そーゆーことで。薬は用意しとくから、あとで取りにおいで。診察代と薬代も、そのときで構わないからさ」
 挨拶をして「お大事に」とやわらかく微笑んだお医者さんは、大きな欠伸をしながらゆったりと部屋を出て行った。
 眼鏡さんがお医者さんの後姿を部屋の扉まで見送って、それから肩を落として大きな溜息をつく。
「参ったな……まさかこんな事になるとは」
「そうか?俺はなんとなくこうなる気がしてたけどな」
「厄介ごとになりそうな気はしてたけどなぁ。結局「鍵」とやらもまだ見つかってねぇし……ああ、そうだ。そういえば自己紹介がまだだったな」
 眼鏡さんの台詞に、机に座ってたそっくりさんが面倒くさそうに首筋をボリボリかきながら言った。
 その細めた目の感じとか、乱暴なしゃべり方になんだか覚えがあるような気がした。どこで見たんだっけなぁ、とわたしがちょっと顔をしかめると、顎をなでて難しい顔をしていた眼鏡さんがふとわたしに目を留めて、慌てたようにパッと笑う。
「初めまして。俺はジョシュア・リィ。君の兄貴の友達だ。で、君の名前はアンヘル、で良いんだよな?」
 眼鏡さんは、おどけたように自分を指差して名乗ってから、わたしを指差して聞いた。
 わたしはびくっと肩をすくめる。言葉を伝える唯一の手段である声をなくしたわたしが、どうやって名前を伝えようか悩む必要がなくなって安心していいのか、それとも何故名前を知ってるのかを怪しむべきだろうか。
 判断しかねて、思わず眉間に皺を寄せたまま上目遣いに眼鏡……ジョシュアさんを睨むと、ジョシュアさんは人のよさそうな笑顔のまま、ぱたぱたと手を横に振って困ったように眉を下げた。
「いやー、俺たち確かに怪しいかもしれないけど、そう身構えずに聞いてくれよ。君のことはミハイルから聞いてる。よく気のつく妹だってな。それとこいつらのことは気にするな、と言っても、無理だよなぁ」
 言いながら振り返る。視線の先にはジョシュアさんのそっくりさんが二人いた。
 とりあえずミハイルは確かに兄さんの名前だったし、この人は「同じ顔をしている人間が同じ場所に三人居る」ことに対し、他人がどれほどの違和を感じるかってことを理解してくれているらしい。わたしがおずおずと睨むのをやめて、改めてジョシュアさんを見上げると、ジョシュアさんは軽く肩をすくめた。