カンカンのくるくる
2.
「カンカン、どうしましょう。私の旦那さまは地球にいらっしゃるのだそうよ! これはもう、行くしかないのでは? いいえ、行くべき。そうでしょう、カンカン?」
狭い部屋の中、お嬢様は矢継ぎ早に話しながら、縦横無尽に動き回られている。絹のような腰までの髪が、いたずらにあちらこちらへと舞い踊る。どうやら興奮なさっている様子だ。普段は落ち着きのあるレディであられるというのに、地球が絡むと途端に心をお乱しになる。
「カンカン、何か言って頂戴。さっきから、私ばかりが喋ってる」
手に持ったものをベッドに広げ、お嬢様はワタクシが止まっているベッドランプに灯りをともされた。
「そのような手を、何度も使うものではありませんぞ」
ワタクシは翼を広げ、お嬢様の肩へと移る。灯りがともされては、あんな場所でじっとはしてなどいられない。最近になって、一体どこでお覚えになられたのか、お嬢様はこのような残忍な手を使うようになられた。
ベッドの上に広げられたのは、地球の日本のトーキオで流行っているというお洋服の数々。このようなことを言っていいものかためらわれるが、お嬢様の家は貴族といえども大変貧乏で、古いドレスをほどいてお嬢様自らが仕立て直されたものばかりだ。一体、何枚もの美しく歴史あるドレスがほどかれたことか! ワタクシはそれを思うだけで、胸が張り裂けんばかりである。
「ついて来てくれるわよね、カンカン? それとも、私がもう生殖機能もなくなったおじい様のところへ嫁いでもかまわないというの?」
お嬢様は脇を広げ、腕を垂直に伸ばす。
ワタクシはちょんちょんと、お嬢様の手のほうへと進んだ。すると抱かれるように腕は閉じられ。お嬢様は反対側の手でワタクシの羽を撫で、首周りの肉垂れをつつく。
「まさか。たとえご主人様がそうおっしゃっても、ワタクシはお嬢様の意に反することは望みませぬ」
「なら、何がそんなに不満なのかしら?」
「お嬢様が真面目にご自身の旦那さまをお探しになられるのでしたら、ワタクシめカンカッカカンカーンの翼も艶を失ったりはしませぬ」
「私が、真面目でないと。そう、言いたいのですね?」
すっとお嬢様の顔から笑みが消えた。
「好奇心を満たすために、この退屈な日々を脱するために、地球へ行きたがっているのだと。そう、言いたいのですね?」
ワタクシは答える代わりにに頭を垂れる。
するとお嬢様は、そんなワタクシの身体を抑え込むように強く抱きしめた。
「さすが、私の従者ですわ、カンカン!」
「お放し下さいませ! 自慢の翼がっ」
「だめです、この感動を、分かち合わなければ!」
「そんなにお喜びにならないで下さいませ、お嬢様。ワタクシは呆れているのですぞ」
「だって私、自分に嘘はつけないわ。カンカンの前でだけです、こんなに素直でいられるのは。それにカンカン、これはお仕置きです。あなた、嘘をついていますね?」
「う、嘘? ワタクシが一体いつ、どんな嘘をついたと言うのです」
お嬢様は立ち上がって、部屋の隅に置かれたワタクシの寝台の元へと行く。
そしてなんのためらいもなく、敷き詰められた綿の中へと手を突っ込んだのだった。ワタクシの糞尿が溜まっているのにも関わらず!
「お嬢様、そのようなところを触ってはいけませぬ!」
羞恥に震えながら必死に抵抗をすると、突然、お嬢様はワタクシを抑えつけていた手を放された――いや、違う。ワタクシが、たまらずお嬢様の手を引っ掻いてしまったのだ。
「も、申し訳ありません!」
慌ててその肩へ下りようとすると、お嬢様はすっと身を引き、代わりにさきほど綿の中へ突っ込まれていた右手を差し出した。そこには布袋が握られている。――まさか? お嬢様はこれを知っていたというのかっ。
「これは何かしら、カンカン?」
「そ、それは……」
地球語が話せる、魔法の飴……。
「カンカンは魔鳥だから、このようなものがなくとも地球の言葉は解せるはず。私のために、用意してくれていたのよね?」
にっこりと、お嬢様は愛くるしいばかりの笑顔を作られた。
うう、バレておいでだったとは、このカンカッカカンカーン、羞恥ですべての毛が抜け落ちてしまいそうですぞ!