カンカンのくるくる
3.
「美しい髪をお切りになるなんて、嘆かわしいですぞ……! と言いたいところですが、大変お似合いですな、お嬢様」
「あらカンカン、さすが、分かっているわね。それでこそ私の従者だわ」
旅立ちの日。
地球へ行くときは、誰にも見送られず、行く者だけで、合わせ鏡に身を写さなければならないという決まりがある。それに従い、ワタクシとお嬢様は鏡台と手鏡に挟まれながら、世界と世界が繋がるその瞬間を待った。
「どきどきするわ、カンカン」
「旦那さまをお探しになる、という目的は、きちんと果たしてもらいますぞ」
「ええ、もちろん。手ぶらで帰って来ては、それこそ変な政略結婚をさせられそうですもの。そのへんは、きちんと理解しています」
と言いつつも、どこからどう見ても地球の姿恰好になられたお嬢様は、普段よりだいぶ幼く見えた。貧乏貴族だからということで、人間のメイドが雇えず、ワタクシのような魔鳥が家庭教師と従者と話し相手を兼ねているにも関わらず、お嬢様はこれまで一言も不満を漏らすことはなかった。
気を張っていらしたのではないだろうか、とワタクシは推測する。
たまに宮殿から招待状が届いても、占い小屋を覗く程度であまり遊ばれない。両親の顔を立てるため、挨拶で忙しくされているのだ。そのようなお嬢様が、今、階級意識の低い地球へと舞い降りられる――何か、目頭が熱くなるような思いがこみ上げて来る。
鏡を使って何度も地球を覗かれていたお嬢様の背中を見ていたのだから、お嬢様が地球へ行きたいと強く願っていたことを、ワタクシは誰よりも知っているつもりだ。もしも家出のような形で地球へ行かれることになってはいけないと、飴を隠していたのだが――正式に行かれることが決まって、取り越し苦労だったかもしれない。
しかし、お嬢様のための取り越し苦労ならば、易しいものだ。
「どうしたのカンカン、黙り込んでしまって。私の地球語、変かしら?」
「いえいえ、お嬢様、大変お上手でございますよ」
「あちらに着いたら、まず、強力な占い師とお近づきになりたいわ」
「占い師の知り合いがいるのといないのとでは、各段に安心感が違いますからね」
「魔法使いはいるかしら?」
「文明が全く異なる世界ですからな――」
そのとき、きらりと鏡が光った。
目がくらんで、ワタクシは思わず目を閉ざした。
くるくる、くるくる、くるくるり。
片方の翼を痛めてバランスが取れないときのような、あやふやな感覚が身体を支配する。お嬢様の肩に止まっているのかすら分からない。足にぎゅっと力を込めたが、しかし、手応えは感じられない。慌てて翼を広げそうになるのをぐっとこらえる。
大丈夫――大丈夫。
ワタクシの足とお嬢様の手は、はぐれないように紐で結ばれているのだから。
少々不安なところもあられるが、このカンカッカカンカーン、お嬢様を一番良く知る者として、必ずや幸せにしてみせますぞ!