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自転車系青春小説 -チャリ校生-

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 すると自転車は、いつのまにか見えてきた左のわき道に入り、やがてその道は田んぼの道へと変わっていく。そしてその道の真正面には、少し急な短い坂道があり、その先に川が横切っていた。橋はない。ここから横に曲がり、川沿いの道を走るつもりだろうか。しかしそれにしては、スピードが速すぎる。まさか。いくらなんでもそれは。
 「しっかり、つかまってな……。」
 川の向こう側は、団地が広がり、フェンスで仕切られている。分かったぞ。なんとなく嫌な予感が、頭をよぎった。
 「いっけえええええええええっ!」
 最後の力を振り絞るように自転車の勢いはさらに増し、迷いなく、川へと一直線に走っていく。川がどんどんと近づいていき、坂道を勢いよく上って、その瞬間……。
 「うわあああああああああ!!?」
 僕らは、川の上を、飛んだ。
 ドンと体に衝撃を感じ、次にふわりと浮かんだような感触。宙に浮かんだその一瞬は、時間がゆっくりと流れているような気がした。
 下を見ると、右から左へ流れる川が見えた。
 ああ、さようならお父さんお母さん。学校の仲間たち。そしてミコ……。僕の人生、なかなか捨てたものじゃなk……。
 「いてっ!」
 僕は突然に突き落とされたような痛みを感じて、我に返る。
 周りは、それまでとは違い、おおきなアパートが立ち並ぶ団地だった。まさか、と思い僕は後ろを見る。
 そこにはフェンス。そしてその向こうに、川が流れていた。
 川を、越えた……のか……?飛んで……?
 動揺する僕をよそに、自転車は進んでいた。
 「もう少しだ……もう少し……。」
 彼女がつぶやいたその声は、とても熱い決意から出た言葉のように感じた。
 彼女は、諦めたくないんだ。間に合わなくても、重たい僕を後ろに乗せていても、川を飛んで、自動車よりも速く走って、僕を駅まで連れて行こうとしている。体力が限界になっても、川を飛び越えて、少しでも速く着こうとしている。
 「あれ……力が……。」
 自分のためじゃなく、僕とミコのために。
 「おかしいな……もう少しでいけると……思ったのに……。」
 自転車は徐々にスピードを落とし、やがて止まった。
 「くそ……。」
 あと少し、もう目の前に、駅が見えていた。僕はもうたまらず自転車から降りて、彼女を気遣おうとした。がしかし彼女はそんな僕を振り払い、僕の顔を睨んだ。
 行け。私のことなんかいい、行ってくれ。そう訴えているようだった。僕はためらったが、彼女に一礼してから、駅へと走った。彼女がここまで連れてきてくれたのを、無駄には出来ない。
 「ミコ!」
 僕は力いっぱい叫んだ。探した。走った。周りの人がちらほらと僕のほうを見る。そんなの、気にしていられない。
 僕は駅の改札前まで懸命に走った。ひょっとしてもう、電車に乗ってしまったのだろうか。そんな淡い不安を振るい捨てて僕は走った。
 改札機の前で、僕は足を止めた。いた!ミコが、改札の向こう側に。
 「ミコ!待ってくれ!」
 僕の声を聞いたミコはとっさに振り返った。その目は赤くなっていた。頬には涙も見えた。
 「ごめんミコ!僕は、自分のことばかり考えて、君の気持ちを分かろうとしていなかった!ごめん!ごめん!」
 ミコは改札機の前まで走り、僕を見て言った。
 「ううん!ありがとう!嬉しい、来てくれて。私もごめんね。もっとあなたのこと、考えてあげるべきだった。」
 ミコはこぼれる涙を拭って、僕に手を伸ばした。僕も、ミコの手を優しく掴んだ。
 「どうしたの?ミコ。」
 と、ミコの後ろから聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
 「あっ、ごめんなさいお母さん。」
 どうやら彼女はミコのお母さんらしい。彼女とは一度も会ったことがなかったし、声も聞いたことがなかったのだが、やはり聞き覚えがあった。
 ミコはそんな僕の疑問に答えるように、僕に向き直っていった。
 「あのね、気づいたでしょうけど、私のお母さん、あなたが好きなあのアニメのキャラクターの、声を担当してるの。声優なのよ、私のお母さん!」
 「えっ!?」
 僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。だってこれは誰でも驚くに違いない。ミコは続けて語りだした。
 「私ね、お母さんの仕事は、オタクとか、ちょっと気持ち悪い人たちにしか人気がないもんだって思ってたの。ごめんね、偏見だよね。でもね、あなたが私のお母さんのファンだって知って、私安心したの。あなたみたいな人たちに、私のお母さんは支持されてるんだって。誇らしく思えたの。ありがとう。」
 ミコはそう言って笑みを浮かべた。
 「それでね、私、決めたの。私もお母さんみたいに、声優になりたいって!あなたに、応援して欲しいって!」
 「ミコ……。」
 「だからね、私、声優の専門学校に行って、頑張ろうと思う。ごめんね、だから、あなたとは離れ離れになっちゃう。でも、それでも、私のこと、応援して。好きなままでいて。私頑張るから!」
 ミコは、零れ落ちそうな涙を懸命にこらえて、僕にまた笑ってくれた。僕はそんなミコに言ってやった。
 「き、決まってるだろう!頑張れミコ!ずっと応援してやる!僕はずっと、ミコが大好きだ!頑張れ!」
 僕もいつのまにか、泣いていた。
 「あはっ。あなた、敬語じゃなくなったね!ありがとう!」
 ミコに言われて気づいたが、もうそんなことは気にしてられなかった。
 僕は、ミコを思い切り抱きしめてあげた。頑張ってくれと、気持ちを込めて。