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自転車系青春小説 -チャリ校生-

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 ――俺は駅へと向かったハヤセを追いかけて、といっても当然追いつくわけもないので歩いて駅へ向かってみた。
 そいつは駅前の自販機の前で自転車にぐったりと腰掛けていた。尋常じゃないぐったりっぷりだ。ハヤセである。俺が近づくとハヤセは少しだけ顔を上げた。
 「財布……落として……水……水でもいい……。」
 落ち着け。お前の言わんとすることは大体分かった。俺は自分の財布から小銭を取り出し、それを自販機の投入口に詰め込んだ。
 「水でいいんだよな。」
 ハヤセはうなだれている。反論しないから水でいいかっと。俺はボタンを押して、ガタガタと音を立てて自販機から顔を覗かせたペットボトルをハヤセに手渡した。
 「結局どうなったんだ、あのオタク君。」
 水を勢いよく飲み干していくハヤセに俺は訊いた。
 「はあ……はあ……あの人、自分でここから駅に走っていったよ。」
 そうか、ハヤセは最後まで彼を連れて行ってあげることが出来なかったんだな。それはハヤセにとって恐らくは、とても悔しいことなのかもしれない。だけどハヤセの顔は、疲労感の中に、達成感と満足感が満ちているようだった。
 そんなハヤセの顔は、なおいっそう俺の中の疑問を増幅させた。
 「なあ、ハヤセ。」
 「ん?」
 「お前、どうしてそこまでして、あの二人のためになろうとしたんだよ。」
 いくらなんでも、おせっかいすぎないか、と俺は思っていた。目の前であんなところを目撃はしたが、所詮は他人事だ。なのにハヤセは当の本人たちよりも疲れて頑張っている。人が良いにも程がある。
 「ああ、だってさ……、」
 ハヤセは遠くを見つめて言った。
 「羨ましくなったんだよ。あの二人が。」
 「え?」
 「私にだってね、昔はその、恋人とか、いたんだよ。でもさ、私子供っぽいというか、幼稚なところがあるじゃない?それでね、向こうから言われたんだよ。『お前といると恥ずかしい』ってね。」
 ハヤセが幼稚なのは、先日の蟻の巣を眺めてたあの丸い背中を見てから俺も知っている。
 ハヤセは続けて言う。
 「結局さ、周りの目を気にしてたんだよ、あの人は。だからこんな私をフッたんだ。」
 ハヤセは俺のほうに向き直って言った。
 「きっとあのオタク君、自分にコンプレックスを抱いてたんじゃないかな。でもね、そんなの、付き合う二人にはきっと関係のないことだよ。周りがどう言おうと、お互いが好きなんだもん。周りを気にして、別れちゃダメだよ。」
 ハヤセはふっと、と笑って再び遠くを見据えた。
 ハヤセはあのオタク君と自分を重ねていたのかもしれない。自分にコンプレックスを抱き、そのせいで別れようとするのを、止めたかったのかもしれない。
 たまらず俺は言ってやった。
 「なあハヤセ。」
 「ん?」
 「お前は子供っぽいんじゃなくて、自分に正直なだけさ。」
 正直だからそんな、まっすぐに生きていけるんだろう。正直だから、ハヤセはあの二人のためにここまでしてあげられたんだ。
 「あはっ。何言ってるのさ。」
 ハヤセはふんわりと、笑った。
 俺はため息をついて言った。
 「どうなったかな、あの二人。」
 「さあね、でも、きっと幸せになれるよ。じゃなきゃ、私が頑張った意味がないもの。」
 「ははっ、それもそうだ。」
 ハヤセは自転車に座りなおして、軽く肩をほぐして、俺に言った。
 「乗せてくよたなかさん。水の借りを返したげる!」
 まったく、元気なやつだ。
 「ああ、頼むよ。ゆっくりな。」
 「あいあいさー。」
 俺は荷台にまたがり、もうすぐ夕焼け色に染まる空を、ぼんやりと眺めていた。