自転車系青春小説 -チャリ校生-
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――『田中、今日もレポートだぞ 忘れるなよ`ー´V』……。
ハヤセからのメールで起こされた。無論、レポートも忘れていた。
とりあえず、あれからメルアドも無事交換し、なんと同じ学年だったことも発覚した。これはもう、一気に距離が縮まったんじゃないか!
いやまあ、それはともかく。はあ、しかたない。レポートは学校で何とか仕上げてみよう。今から家でやっても間に合わないだろうし。せっかくメールを送ってくれたのはありがたいが。
どちらにしても急がなければいけないな。俺は身支度を急いで済ませ、飛び出すように家を出る。俺の家と学校は歩いて大体20分ほどの距離だ。遠いのか近いのか俺には把握できない。とりあえず早歩きで行こう。俺は我ながら実にたくましく歩く。くそっ、普段から早歩きなんてしていないから、疲れるな。
そうだ、昨日ハヤセに乗せてってもらったあの道から行こう。自転車で速いなら、歩いても速いはずだ。俺はそうやって、あの草が生茂る狭い道へ入り込んだ。実際に歩いてみると、結構歩きづらい。こんなに生茂っていたか?
と、目の前に草でもない、背中が見えた。そいつは自転車を止め、その場にしゃがんで地面を見ている。
ハヤセだ。
「なにしてんだ、んなとこで。」
俺はまるまるとした背中に声をかける。人差し指を上から下につーっとしてやりたい気分だ。
「ん?あぁ、たなかさんじゃないか。やあやあ。」
振り返ってのんきに挨拶するハヤセ。そいつの足元をよく見ると蟻の巣があった。なるほどな。
「蟻の巣眺めてるとか、小学生かアンタは……。」
「ふっ、君にはまだ分からんよ。アリんこの可愛さなど……。」
俺にはアンタがよっぽど可愛く見えるんだがな。なんだこのあどけなさは。まるで子供だ。
道端のアリなんかに足を止めてしまうなんて、言っちゃ悪いが、さびしいやつだぜ、これ。
「レポートやらなきゃいかんから、先行くわ。遅刻すんなよ?」
「わかったよー。」
どうやらまだ眺めていたいらしい。なんなんだまったく。俺はハヤセを避けて、歩き出そうとした、そのとき「待って」とハヤセが俺を呼び止めた。
「なんだ?」
「ううん、その、これからもよろしくね。」
ハヤセは俺を見て、少しだけはにかんだ。そんなこといまさら、言うことでもないだろう。お前には一回世話になってるんだ。そんな冷たくしないよ。
「私、こんな風に変なところあるけど、うん、その、嫌いにならないでね。」
ハヤセはどうやらアリの巣を眺めることが高校生らしからぬ幼稚な行為だと自覚しているのだろう。だからそんなことを。
だからそれも、いまさら言うことでもないだろ。
「当たり前だろ。世話になったやつを早々嫌いにゃならんさ。」
そう言って俺は歩き出した。なんかちょっと、こういうのカッコよくないか?
その日、この生茂った近道のおかげで思いのほか早く学校に着き、俺はなんとかレポートを終わらせた。そしてその日、ハヤセは遅刻した。メールで俺にわざわざ報告してきやがった。だから忠告したのによ。俺はこのことでハヤセを馬鹿にでもしてやろうと思って、放課後に駐輪場へ向かった。あいつのことだから放課後も自転車と一緒だろう。単純な思考だが、賭けてみる価値はあった。
校舎からずんずん歩くと、駐輪場が見えてきた。しかし俺はそこで足を止め、物陰に瞬時に隠れた。なぜなら駐輪場にはハヤセでなく、ワケありな二人がいたからだ。
一見すると、いやしなくても見た目は明らかにオタクな風貌の男子高校生と、黒髪で美人な女子高生が、向かい合って立っていた。てっきりこんな時間にこんなところにいるのはハヤセぐらいなもんだろうと思っていたので俺は素直にびっくりした。そして堂々と歩いていけばいいのに俺は隠れて様子を伺うことにしてしまった。俺は一体なにをしているのだろう。恐らく俺は、この二人のミスマッチさが気になってしまったのだろう。この二人は、マジで別の世界に生きているといってもいい。オタクと美人だぜ。もしかするとオタクが一方的に構って欲しいのかも知れなかったが、そういう雰囲気ではないのはここから見ても察した。なんていうか、ワケありだ。
「どういう……ことですか……?」
女子の方が青ざめて、男子に向かって言った。そりゃ俺も訊きたいね。
「あなたは、僕がその、からかわれているときとか、とても辛そうでした。僕にはそれが、耐えられない。」
「そんな!そんなの私にはどうってことない!」
「あなたがそうでも、僕は耐えられない!これ以上あなたの苦しそうな顔は、見たくないんです!」
どうやら別れ話らしい。この二人付き合ってたのか。つくづく羨ましい。しかしまあ、別れるなんて勿体無いな。彼女だってどうってことないって言ってるんだし別にいいんじゃね?とか思う俺は何も分かっちゃいないんだな。
「いいんです。慣れてますから。ああいうのは……。」
オタクは下向きがちに言った。何に慣れているのか分からないがとりあえず嘘つけぇー!とツッコみたい気分であったが、ギリギリで抑えることができた。
しかしこの二人……どこかで見たような。
あっ!そうだ、昨日慌ててレポート提出してたときに、昇降口近くのスペースにいた奴らか!インパクト強いから覚えちまってたわ。昨日はあんなに仲良さそうだったのにな。
「僕とはもう、関わらないでください……。さようなら。」
オタ野郎はそう言って振り返り、こちらへ向かって歩き出した。どうやらこれで終えたつもりらしい。彼女のほうも「あの……」とか言いかけてるし。ちょっとなんなんだこのオタ野郎。なんで別れようなんて切り出しやがったんだ。俺はちょっと嫉妬がこもっていた。それに、考え直して欲しかった。
俺は昨日、幸せそうだった二人を見た。それが今日になっていきなりこうだ。二人になにがあったのかは知らないが、突然すぎる。
と、ここでポケットの携帯電話が震えた、どうやらメールらしい。見てみるとハヤセからであった。
『男のほうを頼む』
……やっぱり見てたのか、ハヤセも。というかなんで俺が見てたことも分かったんだ。
頼むって言われても、どうすりゃいいんだか。恐らくハヤセは彼女を慰めてあげたりするんだろう。なんてお人よしだ。まあ、しょうがねえか。
俺はクソオタ野郎を追いかけた。ちょっと早足で。
「あ、あの……!」
やべー声かけちまった。ハヤセの頼みだから仕方なくやってあげるつもりだけど、普段なら見過ごしてるって!ちくしょう。
しかし俺の声かけに一瞬足を止めたキモオタだったが、すぐに早足で去ろうとした。俺は慌てて肩を掴んだ。
「ほっといてください!!」
と、デブオタは俺の手を振りほどき、走り去ってしまった。
いやいや、俺には無理だって、ハヤセさん……。
俺は振り返って、とりあえず駐輪場に戻ることにした。ハヤセにとりあえず会ってみることにしたからだ。
作品名:自転車系青春小説 -チャリ校生- 作家名:東屋東郷