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その腕にほだされて

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 電話での態度や、あの初対面だったのにも関わらず、どうして声を掛けたのだろうか。
「…椿さんでも反省するんですね」
 けれど、問いかけより先に出たのは素直な感想だった。
「君は俺をどういう人間だと思ってるんだ……」
 理解不能な男。振り回されている今の状況を、陸也はどう受け止めたらいいのか分からなくて、ハンドルを握っている椿の顔をそっと見つめた。
 信号が赤になり車が停車すると、椿が口元に微苦笑を浮かべながら片手をあげ、さらりとした陸也の髪を軽く撫でる。不意打ちな行動に肩がピクリと強張ったが、椿は信号が変わるのと再び手をハンドルへと戻す。
「とりあえず、今から社には戻るがすぐに終わるから車の中で待っていてくれ。それから、君の好きな所に出かけよう」
「え…?」
「怒った声ばっかり聞かされて、初対面の時も睨まれて、それで最後だなんて俺が可哀相だと思わないか?」
「そ、それはっ。椿さんが電話で怒鳴ったりするからです…」
 ビジネスとして自分の納得がいくまで交渉してくるのはアルバイトの身であっても分かっている。クライアントの依頼に応えるのが仕事であり、また信頼の第一歩なのだと、事務所の社員と接するうちに陸也にも理解出来た。
 けれど、無理難題を突きつけられると、どうしても感情が先走ってしまう。
「確かに、怒鳴ったのは悪かった。…そういう所は社会人失格だよな」
 ぼそりと呟かれる。苦笑と自己嫌悪に近い響きに、陸也は椿から目を逸らした。
「…ぼくこそ、ごめんなさい。ただのアルバイトなのに、口出しして」
 あの後、椿から依頼されていたデザインの納期が早まったのだと五十嵐から聞かされた。詳細までは教えられなかったが、椿自身厳しい状況下に置かれていたらしい。請け負った瞬間から、依頼主とは一蓮托生みたいなものだからと五十嵐が話してくれたのを思い出す。
 椿が小さく息をついた。けれど、それは呆れたものじゃなくて。
「まあ、それだけ、あの事務所が好きなんじゃないのか? 俺の会社以外にも、あの人かなり仕事抱えて奔放していたから心配だったんだろ」
「そう…なるのかな」
「まあ、俺の勝手な見解だけどな」
 柔らかい声がじわりと陸也の心に沁み込んでいく。バイトに行く度に、現実から逃げている後ろめたさを持っていたのが少し薄れた気がした。
 事務所から車で十五分。椿が勤めているユニックスは、系列会社をいくつも経営している大手企業で、陸也もテレビで流れているCMでよく名前を耳にしている。
 駐車場に車を止めた椿は言葉通り、ものの二十分くらいで戻ってきた。
「行きたい場所決まったか?」
「急に言われたって、すぐには……」
 思いつくはずもない…と返そうとして、陸也は今日まで開催している美術館の催し物を思い出す。いろんな国のクリスマスに因んだ絵画を集めた展示会。面白そうだと気に掛けていたのだが、隣の市でやっているので諦めていた。
 確か、クリスマス当日は閉館時間を延長していたはず。
「別にかまわない。でも、道が混んでるから、着いても長居はあんまり出来ないけどな」
 陸也が美術館の名前を教えると微かな間を置いた後、そこなら知っているからと椿は車を発進させた。
「それでもいいです。見れるだけで嬉しいから」
 絵を鑑賞するのは好きだ。見ているだけで感情を揺さぶられる。
 作者の想いや熱情、時には作者が生きた時代の歴史背景がキャンパス全体に塗り込められていて、それに触れると気持ちが高潮していく。絵が、音なき声で語る物語を楽しみにしながら、陸也はシートに身を委ねていった。





 しっとりとしたダークブラウン色のレンガで造られた美術館は、市が経営する大きな公園に隣接するように建てられていた。葉が散り枝だけになる冬の木々には、白や金、そして青い電球が装飾され、煌くイルミネーションが人々の足を引き止めて、陸也も自然とまばゆい光に目を奪われる。
「クリスマスだから、人が多いな」
 陸也が見たいと言っていた他にも、いくつか開催されている催しがある。けれど、その中で一番人気なのは、陸也の予想通りクリスマス絵画の展示だった。
展示室の中にいるのは恋人同士が多く、これから二人で過ごすのか、会場内は甘い雰囲気がどことなく漂っている。
 男二人では目立つだろうかと気後れしたけれど、カップルにとって他の客は眼中にないらしく、陸也はほっとしながら部屋の中に入っていった。
 定番のクリスマスソングをバラードにアレンジした曲が流れている中、ゆっくりと一作品ずつ眺めていく。
 雪景色の中に二匹のトナカイが寄り添うように描かれた水彩画、布のコラージュでサンタクロースとプレゼントを色鮮やかにくっきり表現したもの、色鉛筆やコンテで家族で過ごすパーティ風景をデッサンしたキャンパス。
 風景、人物、抽象物と大体大まかにジャンルわけはしてある中に、それぞれに特徴のある技法や技術を駆使してあるのが盛り込まれて、陸也は見目楽しさについつい時間を忘れてしまう。
 どの作品にも愛情が注がれているのを感じ取り、ふわりと心が温かくなる。
「楽しいか?」
 声を掛けられ意識が現実に戻っていく。閉館時間が迫っているのか、アナウンスが館内に流れていた。
「あ、ごめんなさい。夢中になってて…」
 すっかり椿の存在を失念していた。
 けれど、相手は不機嫌になった様子もなく、相手は陸也の頭に手を置き軽く髪をかき混ぜるように撫でてくる。
 眦が微かに緩み、それだけで陸也はほっと息をつく。
 今日のお礼を言おうと口を開きかけた時、背後から聞きなれない声で椿の名が呼ばれ、椿の視線を追うように陸也も振り返った。
「今日は可愛い子と一緒にいるんだね」
 物腰の柔らかそうな青年は、椿に対して砕けた態度をとっている。
「菱沢か。さすがクリスマスだな。この時間になっても人がいるなんて」
「まあね。にぎわっているのは良い事だって思ってるよ」
 関心しているのか、からかっているのか、どちらともとれる様な言い方に対しても、目の前の相手はにこやかに受け流している。細い銀のフレームの奥のすっきりとした目元に、優美な輪郭と薄い唇。菱沢に柔和な笑みを向けられ、陸也は慌てて挨拶をした。
「こんばんは。すごく熱心に見ててくれたよね」
「あ、はい…」
「一枚一枚、すごく愛しそうに眺めてて、こっちまで嬉しくなってたんだよ。あ、僕はここで学芸員として勤めている菱沢透です」
 学芸員だと証明しているネームプレートを指で指しながら自己紹介され、陸也も名乗る。
「こんな所で若い子とデートだなんて、椿もなかなかやるね。年末は忙しいんじゃなかったのかな」
「忙しいが、あいにく時間に追われるようなスケジュール管理はやってないんだ。あと、いきなりデートなんて単語出すんじゃない。杜君が固まるだろうが」
 男同士なのに、デートだと結びつける思考が理解できない。そんな陸也に、菱沢があっさりと返してくる。
「ごめんね。僕がゲイだからさ、ついつい考えがそっちにいっちゃうんだ」
作品名:その腕にほだされて 作家名:サエコ