夢路を辿りて
そして約束していた贈り物を尋ねると、仙石青年は壁に掛かっていた最後の1枚の絵が欲しいと言い、光彦は快く承諾したのだが、仙石青年はその絵に光彦のサインとその下に自分と母へという文言も入れて欲しいと言った。光彦は何十年ぶりに自分のサインを入れると、その下に「喜代志くんと紅葉さんへ」と書き加えたようとしたとき仙石青年が言った。
「先生、下には“喜代志と紅葉へ”と書いてください。」
「あ、ああ…。ところでほかに欲しいものはないのか?」
「はい、それだけで十分です。」
「そうか。それじゃ、梱包するから少し待っていてよ。」
光彦は今書いたサインが擦れないように細工をして、カンバスを新しい額縁をに入れ替えると、額縁をもうひとつ余分に入れて梱包した。その額縁は光彦が自ら作った手造りのものだった。荷物があるので車で送ろうかと光彦が言うと、そこまでやってもらうのは悪いからと、タクシーを呼んで欲しいと喜代志は告げた。
タクシーがやって来ると、光彦は梱包した絵を抱えて店の外まで見送ったのだが、急に涙が出て来て欠伸をする真似で誤魔化していた。
そして喜代志はタクシーに乗り込むと、直ぐに窓を開けて言った。
「先生、奥さんやご家族と仲良くやってくださいね。」
「ああ、キミもお母さんを大切にして、とにかく自分に負けるんじゃないぞ。」
その言葉を聞いた喜代志はニコッと笑顔を見せながら、タクシーの窓を絞めながら小さく呟いたのだった。
「それじゃ父さん、行って来るよ。いつまでも身体、大切にしてね。」
ただ、彼がそう言い残した言葉は、真実を知って言ったものなのか、彼が父への思いを光彦に重ねて言ったものなのかは定かではなかった。