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Father Never Say...

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あんな奴もう知るかよ/理央


 何度も夢に見る。繰り返す。家を訪ねてきた刑事達。笑って受け答していた父。手錠をかけられて車の中に消えた頼りない背中。詰め掛ける報道陣。窓を割って投げ込まれた石。手紙、メール、声、視線となって突き刺さる批難。
 目覚めれば額にはじんわりと汗が滲み、襲う虚脱感に乾いた笑いがこみあげる。
 痛みを訴える事すら許されなかった。社会に対して胸を張れなくなった。まして物申すなど、どうしてできよう?
 
 
 山谷理央(やまや・りお)は、聖人のひとつ年下の従弟である。諸事情によりここ数年は白河家の一室で、家族同然の待遇を受けて暮らしている。
 この春二学年に進級したが、学校を休みがちだった。体調を崩しているわけではない。ただの気まぐれだ。それが許されるのは、代理保護者である聖人の父が、大変な放任主義だからだろう。
 
「また、サボったね、理央」
「……俺の勝手だろ、オッサン」
「オニイサン」
 そんな理央の世話係は、必然、在宅で執筆活動をしているため普段から家にいる樋浦の役目だ。
 実は樋浦は理央とは旧知の仲──理央が実家で暮らしていた当時は家が隣同士という間柄だった。
「は、オッサンだろ。いやロリコンか?」
「口の減らないガキだな」
 幼い頃はよく懐き、毎日遊びに来るほど樋浦を慕っていた理央だが、最近ではこの調子で憎まれ口をたたく。
「何か悩んでいるんだろう?俺でよければ相談にのるが」
「オッサンに話すことなんかねぇし」
「……おやじさんのことか?」
 理央の肩が一瞬、ぴくりと揺れる。
「図星だな」
 樋浦は嘲るように低く笑った。以前からそうだった。この子供に対しては、樋浦はいくらでも非情になることができた。いや、理央に限ったことではない。樋浦は、複雑な状況に陥っている人間達を、一歩退いた場所から、他人事のように冷めた目で眺める癖があった。
 友人知人はそんな彼をしてこう呼ぶ、鬼畜残酷冷血サディストと。
「アイツの事はいうな」
 元からよかったわけでもない機嫌を更に損ねて、理央はそっぽを向く。
「ガキが。そうやって目を反らしたところで、現実は変わらないぞ」
 そうやって痛みを回避しようと感覚を鎖す人間を見ると、無性につついてやりたくなるのだ。お前は逃げているだけだと。それでは何も解決しないと。
 我ながら悪趣味な事だ──と樋浦は思った。
 
「どうでもいい」
 理央の表情は一度凍りつき、しかしすぐに弛緩した。投げやりな言葉を呟く。
 
 理央は疲れ切っていた。
 
 刑期を終え、刑務所から父が帰ってくる。それを聞いた時の感情を理央は説明することができない。
 
(お前の父親は人殺しだ)
(尊い命を奪っておいて、何故生きている)
(あんな酷い事をして、どうしておめおめと)
(死をもって償え)
(あんな判決は間違っている)
 
 
 法律が見直される以前の事である。理央の父親は、飲酒運転で事故を起こし、人をあやめた。まだ幼い二人の子供を、轢き殺した。
 しかし父に与えられた罪名は、業務上過失致死罪。彼が、子供が信号を無視したのだと主張した事、目撃者がいなかったことが、その根拠となった。
 裏で白河家が動いたらしい、と聞かされたのは、大分のちのこと。
 
 
 
「ただいま〜っと、理央、また休んだね?」
 樋浦と話していると気が滅入ると、自室に引きこもった理央だが、ひとりだけその部屋のマスターキーを持つ者がいた。白河家の長男、家族の中心、聖人である。
「説教しに来たの?」
「別に。けど、理央がいないと寂しいよ」
「……じゃあ明日は出る」
「ホント!?」
「しょうがねぇから部活だけ」
「あっはは、部活だけかよ!」
 
 同情、憐れみ、心配、拒絶、軽蔑、憎悪。あの時から、理央に向けられる視線はそんな風に変わってしまった。だが。
(この人だけ)
 聖人だけは、何も変わらなかった。

「そういえば、もうすぐだね」
「……何が」
 不自然にその話題を避けたりはしない。
「理人(たかと)さん、帰ってくる」
「……その話はいい」
「何で」
 それを理由に気遣ったり、態度を変えたりしない。
「考えたくない。あんな奴もう知るかよ」
 そんな聖人にどれだけ救われただろう。
「考えなくていいし、許してあげられなくていいよ」
 
 逃げることなどできなかった。幾度となくその闇と向き合い、泥に顔を埋めた。
(オレは絶対酒なんか飲まない。ハンドルなんか握らない)

 無邪気に募らせていた大人への憧れなど打ち砕かれた。

 
「理人さんはこれから一生、目の前にいるのに君に笑いかけてもらえないんだ。死んだ方がマシかもね」
 
 聖人の声はどこまでも静かに、染みた。
作品名:Father Never Say... 作家名:9.