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Father Never Say...

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関係ねえだろ!/松原


 地に染み入るような雨音。そんな日でさえも足が向いてしまうのは、完全に惰性だろう。
 いつ頃からか、何がきっかけだったのかと考えれば、思い至る答に舌打ちしたくなる。
 ちょうどその日もこんな雨だった。授業をサボり保健室の窓から外を窺うと、偶然その姿が目に入ったのだ。
 水のつぶてに容赦なく打たれながら、ただじっと立ち尽くす聖人の、どこかはかなげな背中。
 何故それが彼だとわかったのか、忌々しいけれど自覚している。気付かぬうちに彼は、意識の内側にするりと入り込んでいた。
 みかけるたび人に囲まれている。クラスの中で完璧に浮いていた、一匹狼の自分とはまるで正反対。柔らかい笑顔で人をひきつけ、とらえて離さない。そんな天性の魔力を持った聖人を、はじめのうちは避けていた。
 煩くて、目障りで、関わりたくなくて。

「ああ、やっぱりここにいた。まっつん」
 その声を隣で聞く心地よさを、知りたくなかったのだ。
 
「ふざけた名前で呼ぶんじゃねぇよ」
 
 松原千尋は母子家庭で育った。物心ついた時にはもう、父親はあとかたなく消え失せ、そこにいたという確かな痕跡さえなかった。記憶は薄く夢のように曖昧で、顔も声もどんな人間だったのかも、まったく覚えがない。
 ただ時折母が零す父への恨み言だけが、松原の中でまるで父親そのもののように蓄積し、刻みつけられた。
 ろくな印象はない。そのせいで男性不信に陥るほどに。
「松原さぁ、女の子なんだからもっと、何て言うか柔らかく話した方がいいよ?そんな口調じゃ並の男はビビって近寄れないって」
「あぁ?関係ねぇだろ!」
 そう、承知していた筈だ。男など信用ならないと。
 優しいそぶりを見せていても、いつかいなくなってしまう。父のように。
「確かに、関係ないか。それでも俺は近寄るしね」
 男に限ったことでもない。人間なんてみんなそんなものだ。
 そう考えていた。だから壁を作り、はじめから触れさせなかった。
(どうせお前だっていなくなる癖に)
 
 聖人の手が伸びてくる。何故か咄嗟には拒めずに、ただ身構えてしまう。撲たれる事を恐れ畏縮する子供のように、松原の瞳は怯えた色を宿す。
 聖人の掌はただそっと彼女の頭にのせられ、脱色された繊細な髪を一房すくように撫でた。
「こんな派手な色にしちゃって、綺麗な黒髪だったのに勿体ない。痛そうだよ」
「……お前だって薄いだろ、色」
「俺のは地毛」
「バカ言うな、そんな髪の色の日本人がいるか」
 光の加減によっては亜麻色にも見える。染色でしか有り得ないような、むらのないミルクティーブラウン。
「言ってなかった?俺のお祖母様、フランス人なんだよ」
「嘘ついてんじゃねぇよ詐欺師」
「嘘なんかついたこともないよ」
「……」
 有り得ない話ではなかった。白河家は元華族だと聞いたことがある。
「とにかくさ、今後はプリンになっても色抜かないでね」
「うるさい」
 明るいその色にこがれた。同じ色になりたかった。暗闇のように真っ黒な自分の髪が疎ましかったのだ。
(戻すなんて冗談じゃない)
「本気で言ってるんだよ松原。あんな綺麗な黒、殺しちゃいけない」
 だが聖人はかたくなに言葉を重ねた。
「どんな色を塗り付けても汚せない、あれがお前なんだよ」
 霧雨が屋上に独特の匂いを充満させている。聖人の湿った指が頬に触れた。
「覚えてる?はじめて会った日」
「……お前の情けない面なら、忘れたくても無理」
「うわ、それは是非忘れてほしいんだけどな」
 長者番付でいつも上位に食い込む白河の名。彼が名家の、裕福な家の子であることはあまりにも有名で、故に入学当初は上級生に絡まれることも多かった。聖人自身が、見るからに軟弱そうに見えたのもひとつの要因だろう。
 そして見た目通り、彼はあまり喧嘩が得意ではなかった。
「あの時の松原、かっこよかったな。男相手に圧倒的。参ったね」
「別にお前を助けたわけじゃ」
「知ってる、ムシの居所悪かったんでしょ」
 
 聖人に対して情けないと、思うより先に怒りが湧いた。決して素行がよいわけではない松原を、教師はあの上級生達と同じ不良として、一括りに見ている。

「お前が男だったら間違いなく親友になれたと思うよ。……でもお前は女の子だから」

 抱きしめてもいい?と、聖人は遠慮がちに尋ねた。今更そこで、何を躊躇っているのかと嘲笑えば、それもそうだと彼は微笑い。
 
「待たせてごめん」
 
 この先の方が疲れるだろうと、腕の中、松原はぼんやり予感した。
作品名:Father Never Say... 作家名:9.