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Antithetical Each Answer

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#002:スカイガーデン


 夏でもないのに、握りこんだ拳の内側はしっとり湿っていた。大事に隠している銀色の鍵も少し濡れた。ふと思い出した。バイト先のコンビニでレジに入っている時、こういうちょっと温い…明らかにずっと握っていたのだろうと思われる小銭を渡されることは珍しくない。あれ、厭なんだよなぁ。だがきっと自分も無意識に同じ事をしていた。その立場に立ってみなきゃわからないことなんてざらにある。
(じゃあ、一生わかんないじゃん)
 どんなに頑張ってみたところで自分は彼女の立場にはなれない。

 
 本来屋上は立入禁止だ。立入禁止の冊を跨いで無理矢理通っているのは、自分のほかにはただひとりだけだろう。自分だって中学の頃は、こんな事漫画の中でしか起こり得ないと思っていた。サボるとか、自殺とか、それ以前に誰もあの閉ざされた扉を開けようと思わない。教師に咎められる面倒を思えば、リスクを背負ってまで赴く価値などそこにはない。
 屋上に行こうという発想さえなかった。ほんの一週間前までは。

 何故、今、手の中に鍵があるのだろう。理屈ではなかった。無意識ではないにしても、恣意的な要因ではなく、現状を導いた故意は、彼女のものだ。

 自分の知る限り、彼女はずっと独りぼっちだ。教室の片隅で繰り返される、他愛もないくだらない話に相槌を打つふりで、決して笑っていやしない。その事に気付いているのは、自分を含めても、そう何人もいないだろう。彼女自身、気付いているかどうか。
 ただ、顔の筋肉を引きつらせるだけでは、笑顔とは呼ばない。

「空になんか憧れない」

 飛びたくなんかない、はねなんか要らない、地面に縛られたままでいい。
 自分の足で此処に立っていたいだけだ。

 いつもいつのまにか教室を抜け出す彼女が、屋上で時間を潰していると知ったのは、数カ月前。彼女が落とした鍵を拾った。完璧に他人を欺く彼女の、唯一の弱みを握った。

「いつもこうして、空を眺めているの。いつかあの色に沈んでしまえたらいいのに」
 虚ろな瞳に青が溶ける。それがおもしろくなくて、憎んだ。
「逃げてるだけでしょ、お前は」
 神の絵筆が描き出す天上の絵画を。

「逃げることも戦術だよ」
「お前、何と戦ってんの」

 確かに時々嫌になる。窮屈で息苦しい世界にうんざりもする。それでもこれは戦いなんかじゃない。優劣もなければ勝ち負けもない。そういう価値は、自分が決める。

「押し潰されそうになるの。暢気なアンタには、わからない」
 わかる。本当は知っている。ただ気付いただけだ。その苦しみは与えられるものではなく自ずから生まれるものだと。何もかも周りのせいにして被害者ぶるのは嫌だ。仮に敵がいて、そいつが自分を傷つけようとして傷つけたとしても、その傷の深さを決めるのは自分だから。
(ただのかすり傷のくせに、骨が折れたみたいに大袈裟に痛がりやがって)

 空になんか何もありはしないと早く眼を醒ませばいい。
 彼女を引き摺り降ろす為にまた、鍵を握る。

(本当はお前がどうしたいかなんてお見通しだよ)
作品名:Antithetical Each Answer 作家名:9.