Antithetical Each Answer
#003:新しい明日
それはいつでも突き付けられる状態で、懐に忍ばせてあった。いつからか。そんな事は覚えていない。彼女との間に無視できない亀裂が生じ、自覚した時には既に白紙のまま用意してあった。それがいつしか何度となく机に広げて眺めるようになり、やがて空欄を埋めはじめ、遂にははんを押していた。
何故、こんな事になってしまったのだろう。形式だけの会議をぼんやり聞き流しながら思う。それは今夜この関係にピリオドを打つに至ったことに対してではなく、こうなる事を予測できずに書類上の関係に縛られてしまったことに対しての疑問だ。
僕は一体、僕がこうしている間に、僕が必死に稼いだ金をパチンコに注ぎ込んでいる筈の彼女の、何に惹かれていたのだろう。あの頃の気持ちはもう遠すぎて、残像さえ消え失せていた。
つまりは皮肉な経緯だ。僕は警察エリートの父の反対を押し切って、メールで知り合った彼女と駆け落ち同然に結ばれた。就職に失敗した僕は式を挙げてあげることさえできなかったけれど、彼女はそれでもいいと言った。愛しかった。のちに籍だけは入れて、同棲を始めた。そのうちに彼女が妊娠し、なんとしても働かなければと一念発起した。半年かけてやっと就職を果たし、仕事にやり甲斐を感じ始めた頃、子どもは流れた。原因は、彼女の知識のなさだった。医師から止められている薬を、それも大量に服用していたのだ。
歯車が狂い始めたのは、それからだった。仕事に慣れ、新しい世界を知った僕は、次第に家庭を省みなくなった。仕事が楽しくて仕方なく、彼女の待つ家に戻ることが苦痛に思えてきた。彼女は彼女で、流産のショックから立ち直れず、ノイローゼ気味になり、一時期は心療内科に通っていた。
擦れ違いが続き、僕は彼女のそんな様子に気付かず、見過ごしてしまい。やがて彼女は、パチンコやギャンブルに溺れていった。
彼女に出会い、何もかもが鮮やかに見えるような気がしていた。だが結局は、はじめから住む世界の違う人間だったのだろう。同情と責任感に阻まれ今日まで過ごしてきたが、もういいだろう。これ以上こんな生活を続けるなど無意味だ。
会議が終わり、持ち場に戻る。同僚の飲みの誘いを断って、僕は鞄に手をかけた。
かつての愛しい人に、さよならを言う為に。
作品名:Antithetical Each Answer 作家名:9.