Antithetical Each Answer
#001:彼女の頭の中
紙の擦れ合う音、鉛筆を走らせる音。消しゴムを使った途端がたがた揺れる机。出来不出来はさておき、皆口を閉ざし、答案用紙に向かっている。例えばの話、窓の向こう側から同じ目線で──ここは四階なのだが──この空間を覗き見ることができるなら、窓枠に切り取られた世界は「日常」と呼ぶに相応しい。それは内側から見ても単調でつまらない。外側からは、さぞや滑稽で哀れに見えるはずだ。
一応の義務を果たし、早く解放されようと机に噛りつくクラスメイトを横目に、あたしは解答欄を殆ど空白にしたまま、ペンを置いた。考えてもわからないものはわからない。そもそも、居並ぶ問題を解く為に必要となる一切の公式を、私は全く覚えていないし理解していないのだ。無駄にあがくよりもすっぱり諦めた方が賢明だと思う。
数学が好きな友人に聞けば、彼はその理由を「答が一つしかないというのが明快でいい。一種の征服欲だな。難しい問題ほど、解いた時の達成感がある」という。(そもそも二次、三次方程式は解が複数求められるのだが、そこを突っ込めば彼は厭そうに顔を歪め、「これだから文系は」と毒づいた。)だからこそあたしはそれが嫌いなのだ。
何故、先人が既に攻略してしまった、それ自体にさして意味がない問題を、わざわざあたしが解かなければならないのか。既に人手に渡ってしまったものを、なぞるように征服したいとは思わない。
あたしは自分にしか辿り着けない究極の答を探している。それでこそ解き明かし甲斐があるというものじゃないか。
「それはあれだ、できないことに対する言い訳だろ?」
彼は呆れたように肩をすくめたがあたしは笑った。
「違う。それができるということに価値を感じないだけ」
数学を駆使して何かを創造する人は尊敬しよう。けれどただ問題を解くだけで満たされてしまうような人を偉いとは思わない。まるで少しも。
本当は答なんて出なくていい。何故なら私が取り組むような問題には、模範解答など存在しないのだから。…これで全て解き明かしたと、慢心して、思考停止するような生き物にはなりたくない。
あたしには立派な理屈なのだが、どうやら彼にはどうしても、いわゆる言い訳にしか聞こえないようだ。価値観の相違。ありふれたよくある話。
「俺は何でお前なんかと親しくなったんだ?今となっちゃ謎だな」
そんなもの謎でも何でもないのだけど言わずにおこう。相対性の世界で悩み続けていればいい。
そんな事を思い返しながら、手慰みに落書きをする。周りで咳をしたり、シャープペンシルをかちかち鳴らす音を聞きながら、この不完全な静寂が愛しい──と、ぼんやり思った。
作品名:Antithetical Each Answer 作家名:9.