打ち上げ花火
ある日私がいつものように学校に行くと、いつものようにみつこはいじめられていた。出来ることなら助けてあげたかったけれど、私には勇気が無かった。私はとんでもなく弱虫で、非情で、自分勝手な奴だった。みつこがいじめられるのを見るのは嫌だったけれど、自分に標的がうつるのも怖かったのだ。
笑っているみつこを見るのも苦痛で、私はみつこから目を背けた。ごめんなさいごめんなさい、けれど私は弱くて、どうしようもなくて!
今の私はみつこに責められて傷つけられて当たり前で、みつこが私にそれをしないことが不思議だ、と思った。
目を背けていても、いじめっ子がみつこを罵倒する声が聞こえる。それは本当に酷くて醜い言葉で、何も出来ないどうしようも無い自分にますます嫌悪した。せめてこの醜い言葉を耳を塞がず聞こう、そう思った。みつこの苦しみを、ほんの少しでも、と。
そして、いじめっ子が言葉を発す。
「そういえばさあ、お前、万引きしたことあるんだろ? あは、泥棒じゃーん! 警察呼んじゃおっかー?」
……万引き!
私ははっとした。彼女らはあることないこと並べ立てているだけで本当にやったとは思っていないのだろうが、それはみつこが最も気にしていたことだった。
中学の時、いつものように私がみつこの家に行き他愛の無い話をしていると、みつこが突然真面目な顔になり、あのね、と切り出した。そして、急に謝り始めた。ごめんなさい、ごめんなさい……と。焦った私がどどどどうしたの、とどもりながら聞くと、泣きそうな顔でこう言った。
「私、万引きしたことがあるの。ずっと言ってなかった。怖くて、隠してた。ごめんなさい……」
私は驚いた。大人しくて優しいみつこが、私の知らないところでそんなことをしていたのかと。けれど、事情を聞けば何ということは無い、勘違いだったのだ。小さい頃、無料だと思っていたシールを持って帰ったら、それが1枚10円という値段がついているものだった、というだけの話。それを物凄く悪いことのように感じてしまっていたらしく、彼女はまたごめんなさい、ごめんなさいと謝罪の言葉を繰り返した。だから私は本当は悪者で、あなたと一緒にいる資格は無いの、と。
私は「何処が悪者なの」と返した。勘違いは誰にでもあることだし、悪気が無くてやったんだからしょうがない。第一無料だと思わせるような置き方するお店もどうなんだろうね、と笑った。「これからもみつこと一緒にいたいよ」それは私の心からの言葉だった。
みつこは遂に泣き出した。今度は「ありがとう」と繰り返した。ずっとそのことが心に重くのしかかっていたらしい。私の言葉でそれが取り払われた、と言ってみつこは笑った。そのみつこの笑顔は、本当の笑顔だった。
いじめっ子は今、私が取り払ったものを、また戻してきたのだ。
私が勇気を出してみつこの方を見ると、みつこは、それでも笑っていた。けれど、目から光が無くなっている。
泣いているみつこは、もう見えない。みつこは、限界を超えてしまったのだ。