きみの歌をききたい
少女は、ふふっと笑って去っていった。
アパートの郵便受けをみた。けれど、なにも届いていない。外で大家さんとすれ違っても、特に何も言われなかった。
いったい……。少女の言葉の意味をはかりかねていると、電話が鳴った。出版社からだった。小説が認められたのだ。
彼女が言っていたのは、このことだったのか? 結果が出たことの喜び以上に、少女の謎がぼくの胸に広がっていた。
けれど、そんなことを考える余裕もないほど、それからのぼくの周囲は一変した。
結局、少女の予言通り、ぼくは三月いっぱいで教師を辞め、再び上京したのだ。
作家の端くれになって、一年が過ぎた。窓から見える桜吹雪に、ふと、少女のことを思いだしたぼくは、急いで特急電車に飛び乗った。
岬の公園に少女はいるだろうか。
一時間後、なつかしい駅に降り立ったぼくは、期待と不安の入り交じった気持ちを抱えて、岬への道を急いだ。病院の白い建物を曲がって、細い道に入る。満開の桜の木立と整備された砂利道。目の前に春霞の海が広がる。
いつも少女が歌を歌っていた場所には、三人の少女がいた。ぼくを見て、駆け寄って来た彼女たちは、以前教えた生徒で、三年生になっていた。
「佐伯先生!」
「お久ぶりです」
少女たちは、あの頃よりいく分大人びた笑顔を見せた。
「先生。どうしてここに?」
「ああ、海が見たくなってな……。それより君たちこそどうして?」
すると、三人は沈んだ表情で話し出した。
「今日。友だちの命日なんです……」
たった今、海に花束を投げたのだという。
「本当は、いっしょに通うはずだったのに」
「入学式の前日、入院して。去年、わたしたちが二年に進級したとき、なくなったの」
「よく、ここで歌を歌っていたんです。歌が好きで。ほら、これ、中学の卒業のとき、ここで四人でいっしょにとった写真」
(え?)
それを見たとたん、目の前が暗くなり、胸の奥に稲妻が走った。
朗らかな笑顔は、確かにあの少女だ。いつも、歌を歌い、楽しそうに話をしていた。だとすると、ぼくが会っていたのは、いったい……?
「あ、雪?」
その言葉で、ぼくは我に返った。一陣の風に散らされた桜の花びら。それは一瞬、降りしきる牡丹雪のように見えた。
「なに言ってるの。花びらじゃない」
「あ、そうよね」