きみの歌をききたい
少女の存在は、まるでオアシスのように、ぼくの乾きをいやしてくれた。あどけない顔立ちで、小首を傾げる仕草が愛くるしい。彼女は、冬の青空そのものだった。
いつしか、ぼくは公園に、少女がいることを期待するようになっていた。ほぼ毎週、同じ時間に岬にきて、少女は歌い、ぼくは黙ってそれを聴き、少し話をして別れた。
「わたしがここで先生と会ってるって知られたら、みんなにうらまれちゃうわ」
「まさか」
「本当よ。先生もてるのよ。背が高くてかっこいいって。それに、軽くウェーブのかかった髪の毛がかわいいって」
「なんだい、それ……」
「みんなのうわさ。それに授業もわかりやすくていいって。わたしも教わりたいな」
「君はまだ一年だ。チャンスはあるよ」
「ううん。ないの」
少女は遠くを見つめ、軽いため息をついた。
「なぜ?」
「だって、先生はもうすぐ小説が認められて作家になるから。教師を辞めるの」
少女があまりにもまじめな顔で、きっぱりというから、ぼくは口をぽかんと開けて、しばらくは言葉が出なかった。
ただ、少女の存在が、ぼくを再び創作活動へと奮い立たせてくれたのは真実だった。
冬が来た。やはりこの町の空は明るい。りんとした空気は潔ささえ感じ、ひんやりとほおをなでる風も心地いい。
その頃から、少女はしきりに空を見るようになっていた。廊下の窓から、あるいは放課後の教室で、とくに曇り空の日は、じっと何かを待っているように。
「なに、見てるんだい?」
「雪が降らないかなって」
「どうして?」
「だって、すてきじゃない。雪って」
「そうかなあ。寒いだけじゃないか」
「ここにすんでると、雪にあこがれるのよ」
「へえ、ぼくはここの方がいいけど」
バレンタインデーには、ぼくの机の上や靴箱の中に、いくつかのチョコレートがあった。
「いいですねえ。若い人は」
年輩の教師から、いやみともからかいともとれることばをかけられた。
放課後。校門のそばに少女がいた。その顔は誰かを待っているふうに見えた。
「誰か、待ってるの?」
声をかけると、口元だけ笑って、
「天使がおりてくるのを……」
と、言って空を見上げた。まぶしいほどの青さだ。
「天使? もしかして雪のこと?」
ぼくの問いには答えず、少女は言った。
「いいこと教えてあげる。今日、先生にとって最高のプレゼントが届くわ」
「え?」