私のやんごとなき王子様 理事長編
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「はあ……」
まだ夢見心地だった私は、すっかり片付けも終わり、誰もいない劇場を外からぼうっと眺めていた。
ヨーロッパの劇場を模した大きなその建物は学園に併設されていて、周りの緑と自然に溶け合っていてただ眺めるだけで美しい。
本当に素敵な舞台だった。
先生の手伝いをすると決め、合宿中は思わぬ形で理事長と知り合いその理事長のお手伝いもする事が出来た。自分自身が劇に直接関わった訳ではなかったけれど、最後の演劇祭がこんなに素晴らしいものとなったことを誇りに思う。
この学園に来て良かったと、心の底から思った。
「小日向さん」
今朝と同じように声をかけられ、私はゆっくりと振り返った。
そこには美しいボディの外車の運転席から降りて来る理事長がいた。
「待たせたね」
「いいえ」
片付けが終わって皆が帰った後、私は理事長に言われたとおり劇場の前のベンチに座って待っていたのだ。
「さあ、乗って」
「あ、はい」
理事長は私を促し、助手席のドアを開けてくれた。
私と行きたい所があると言っていたけど、どこへ行くんだろう?
とても座り心地の良い皮のシートに体を預けて驚く程静かな車内の香りを嗅ぐ。それが理事長のコロンと同じ匂いだと気付いて少しだけ嬉しくなった。
「少し遠いけど、大丈夫?」
「はい。親には連絡してますから」
「そう。ちゃんと門限までには自宅に送り届けるから、心配しなくていいよ」
「ふふ、はい。お願いします」
なんて幸せなんだろう。もう理事長とこうして二人でゆっくりと話す事は出来ないかも知れないと思っていただけに、私の感情は今までにないくらい高ぶっている。
「それじゃあ、行こうか」
走り出した車から眺める景色は見慣れているはずなのに、すごく新鮮なものに映った。
作品名:私のやんごとなき王子様 理事長編 作家名:有馬音文