高校生殺人事件 警視庁・香川美優と雪菜の事件簿(一)
「えぇと。つまり、武藤は遊児の件と妻の件の犯人かもしれないってことですか?」
と、言ったあとで、
「考えすぎじゃないのか」
と思った。
「頼まれた手紙を遊児が見たという可能性もあるけど、それで殺されたんですか?」
いやそれはありない。脱税の件は、社長に掛け合って解決の方向にあった。もっと大きな秘密を知ってしまったから、殺されたのだろうか?脱税だけではないのか?いや、美優の言う通り、妻の失踪に大きな秘密があるのではないか?もう、自分たちは一歩手前まで来ている。秘密のにおいを嗅ぎ取っている。
「手紙は見せてもらえたんですか?」
と、雪菜が聞くと、美優は首を振った。
「見られたくなかったから、捨ててしまったそうよ」
もしかしたらと思ったのだが、手紙はもう捨ててしまったといわれたのでは、消印を確かめることはできない。
「武藤の近所で遊児らしき人物を見た人がいないか調べてみようかしら」
美優は、そう言って、席を立った。二人はスタバを出た。
第八章 ドライブ
雪菜は、今日も学校から帰って美優の家にいる。中間試験が近いので、珍しく参考書を読んでいる。エアコンの暖房の設定温度は二十六度と読める。
まず電気代がかかる。エアコンというのは、風量を強くしただけでは料金はさほど変わらないが、温度を二十度から二十八度にすると三倍近く請求額が違ってくるのだ。それより、
「環境のこと考えるとこれじゃいけないな」
と、雪菜は言った。
「みんながエアコンつけなきゃ大丈夫よ」
と、美優があしらうと、
「あの。利己的な考えは止めてください」
と、反抗した。少しクラクラする。これは暖房が効きすぎるせいばかりではないはずだ。雪菜は、一人ひとりの行動の積み重ねが環境を大切にできるのだと、内心、抗議したつもりなのだ。
ネコの事件からのことで、不満が心にたまっている。美優にその不満の心が向かってしまった。
「運転したくなりませんか?高級車が錆ついてしまいますよ」
と、雪菜は言った。
雪菜に良かれと思ってしたネコ事件の捜査から始まったとはいえ、中学生を捜査に巻き込んでいいはずはない。美優は責任を感じていた。そこへ雪菜がドライブをしたいと言い出した。美優は気が晴れることを祈って、連れて行くことにした。
ランサーエボリューションは、爽快に道路を一直線になぞる。車内にはグレイの曲がガンガン響く。雪菜の趣味である。ロックがそんなに好きなわけではないが、グレイには特別心引かれるものがあり、酔ってしまうのだ。バンドのボーカルの歌声には神がかったものがあり、その声を聴くと心地よく、安心する。歌い方にも歌詞にもほれた。大好きな曲は数十回聴いていた。
「せっちゃん、たまには違う曲も聴きましょうよ。いやでも、覚えちゃうわよ。グレイなんてうるさいだけじゃない」
このブーイングは仕方ない。ロックだし、殆どグレイしか聴いてないのだ。
雪菜は無視をして、
「ここもう山梨県なんですか?」
と、聞いた。
車窓の外には、濃い緑が流れている。
「そうよ。せっちゃんが、好きな音楽聴いているからトリップしちゃってんのよ」
と、言い返してくる。雪菜は図星を指されて顔を赤らめる。
窓を開けると清々しくヒンヤリした風が流れ込む。息を吸い込むと清涼な空気がのどを通り、肺までがすっきりした気分になる。清流の水音がさわやかだ。
「この辺りで景色を楽しみながら休憩しましょ」
と、美優は言って車を停めた。
空は青くて薄く、真綿のような雲がぽっかりと浮かんでいる。山に囲まれているな。暮らしにくそうだけど、たまに来る分にはリラックスできていい。普段は反エコロジーなことをしたくなるくせに、自然を見ると急に環境問題を口にしたくなる。身勝手な自分だし、オバさんくさい。川の向こうの山を見ると、迫力に目がくらんで、近いのか遠いのか距離感がつかみにくい。美優は、車を降りた。続いて、雪菜が降りた。
「僕、川を見てると、自然の冷たさを感じるんです。足を滑らせて溺れてしまっても、そちらが悪いのだとばかりに流れに飲み込んでいくから。助けてくれるわけじゃない。僕たちが守ろうとしている自然は、僕を守ってくれないって」
「でも、その厳しさに耐えたら,自然は限りなく優しくなるわ」
と、美優は言った。雪菜は美優の言葉の意味を飲み込めず、フラフラ歩いた。
振り返ると、美優が地元の人らしきオジイさんと、立ち話をしていた。もう。誰とでも話すんだから。
「この間も見かけないヤツが来たんだよ」
老人は、山の方を向いて、
「あっちだ」
と、指をさした。
「来てもいいけど、ゴミは捨てるんじゃないよ」
老人は、文句を続ける。腕を組み、美優はオジイさんを見つめる。
「粗大ゴミまで持ってくるようになったらかなわないからな」
今度は、あごに手を当てて考えるふうな美優である。
「詳しく覚えておられますか?」
と、美優は聞いた。まさかと思った。
「え?ゴミのこと聞いてくれる?」
「いえ、見かけない人物とはどんな人ですか。挙動不審だったとか。女性ですか」
「いやー、四十代後半の男だね。山から出てきて、そいつは車で来てたんだけど、トランクが閉まっていたか確認していたよ」
美優は、警察手帳を見せる。
「どんな容姿だったかを教えてください」
老人は、びっくりした。
「こんな人ではなかったですか?」
と言って、美優は西岡の顔写真を見せた。
「似ているけどはっきり覚えていない」
次に、西岡所有のセダンの写真を見せた。
「こんな車だった。色が黒で同じだ。ナンバーもだ」
老人は、なんとナンバーを覚えていたのだ。
「あなた、警視総監賞もらえるかもよ」
美優は、雪菜の肩を叩いた。
第九章 第二の殺人
不良連中のアリバイは全員、二十分おきに姿を見ているので、一応、お互いが証明し合えているが、口裏を合わせている可能性は高い。だが、裏が取れていないからといって、いつまでも同じ調査をしてはいられない。
それで、沢木と藤川は被害者の高校に来ていた。沢木は学校に来ると、自分の学生時代のことを、当時感じていた周りの雰囲気とともに思い出してしまう。沢木は地方の生まれで制服は学ランだった。遊児たちはブレザーである。沢木はつめえりが苦しくていやだった。成績も中程度、素行も悪くない、教師からは睨まれる生徒ではなかったが、生活指導の先生がいるとホックを気にした。気弱だったと分析する。そんなことさえも、心に残っているものだ。増幅した記憶はすぐハカナク消えていくが、別にどうでも良かった。
「ヤツは、最近は受験の参考書まで買ったりして、前向きになっていたようだ」
「友人はよく知ってるな」
しみじみと藤川が言う。刑事をやっているので、大分スレていると思っていたが、意外と藤川も自分と同じく昔を思い出し、感傷に浸ることがあるのかもしれない。
ピロリロリン。沢木の携帯が鳴って、美優から連絡が入る。
「今、山梨の山奥にいるからすぐ来いとさ」
「またか。あんなのが上司じゃ、こっちはいい迷惑だ…ところで何しに行くんだ。遊児の死体はもうあるんだからな。山の中には埋まってないぞ」
と、藤川が聞いた。
作品名:高校生殺人事件 警視庁・香川美優と雪菜の事件簿(一) 作家名:蒼井 紘