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私のやんごとなき王子様 鬼頭編

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「……海?」

 連れて来られたのは海岸だった。
 数日前、窓から抜け出して先生と一緒に歩いた海。昼間とは違う顔をした夜の海辺には、私と鬼頭先生の二人きりしかいない。
 すっと握られていた手が離れ、先生の体温の変わりに海風が当たる。

「この間はゆっくり出来なかったからな」

 水原さんが医務室からいなくなった先生を探してすぐにやって来たことを言っているらしい。先生はすっと背筋を伸ばして海の向こうを見つめた。
 私も自然とそれに倣う。

「小日向。お前、学校は楽しいか?」
「はい、楽しいですよ」

 急にどうしたんだろう。鬼頭先生らしくない質問に、私は一瞬戸惑う。

「―――そうか……俺はお前に随分嫌われているからな。先生がいなければもっと楽しいとか言われるかと思ったが」
「別に嫌ってないですよ、ちょっと苦手だっただけで……」

 それに、今は先生の事が好きなんだし。

「本当に馬鹿正直だな、お前は。態度にすぐ出る」

 悪かったですね、単純で。

「……俺は家族がいない」
「え……?」

 突然の告白に私は驚いた。思わず先生の顔を凝視する。

「幼い頃に両親は離婚し、兄弟もいなかった俺は母親に引き取られたが、その母親はろくでもない女だった……酒と男に溺れ、俺の事などまるで無視。いくら寂しいと訴えようと、母親は聞く耳をもたなかった。そんな環境の中でいつしか俺は、世の中を渡る為には己の感情を押し込めた方が上手く行くのだと悟った」

 辛い話しなのに、それでも先生の声は低くて良く通って、いつもと変わりないように聞こえた。そんな悲しい過去があるから、先生はいつも冷たい言動をするんだ。私はそれに気付いて悲しくなった。

「まあ、そんな冷めたガキ、親からしてみたら余計に可愛げが無かったんだろうな。小学生に上がった頃からは暴力を受けて、それでも平気な顔をしていたら気味悪がった母親は俺を置いて男と家を出て行った」
「そんな、酷い……」
「そうだな。母親を恨んだ……いや、今でも恨んでいるかも知れない――それからだな。女という生き物が堪らなく嫌いになったのは」

 ふと辛そうに眉を寄せた先生は、さらに続けた。