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私のやんごとなき王子様 鬼頭編

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9日目


 私の頭の中を、一日中昨日の鬼頭先生と水原さんの会話がぐるぐると回り続けていた。

 水原さんは美人で鬼頭先生の事が本気で好きで、私なんか敵わないような人。そして鬼頭先生は大人で、いつも私をからかっては遊んでいる変わった人。
 話しの途中で急いで階段を昇ったからあの後どんな会話がなされたのかは分からない。だけど、きっと鬼頭先生は水原さんの事をきちんと考えたはずだ。

「はあ……」

 ついため息が口から漏れる。

「小日向、お前仕事中にため息とは随分余裕だな」
「えっ? あっ、すみませんっ!」

 午後から医務室の仕事を手伝っていた私は、すっかり目の前にいる鬼頭先生の事を忘れていた。
 いや、考えに没頭しすぎて、本人の存在が頭の中から抜け落ちていた。というのが正しい。慌てて握っていた消毒液を棚に戻すと、いぶかし気に私をじっと見る先生に取り繕った笑顔を向ける。
 水原さんは午前中に医務室の手伝いに行っていた。その間、一体どんな様子だったんだろう。

「そう言えば、昨日の礼をしてもらってなかったな」
「昨日って、ノートを持って来てくれたやつですか?」

 仕事も終わる時間で、先生は日誌のようなものにペンを走らせながらそう言った。

「そうだ。お前が高校生の小遣いでも買えるものにしろと言っていたから何が良いか考えたんだが……これから俺に付き合え」
「は? 何をお手伝いすればいいんですか? もうガーゼ切りは嫌ですよ。今日でどんだけガーゼ切ったと思ってるんですか?」

 午後からはそんなに忙しくなかったのに、珍しく医務室にいた鬼頭先生に大きなガーゼを適当な大きさに切り分ける仕事をさせられたのだけど、それが本当に大変だったのだ。

「もうガーゼはいらん。いいから黙って俺に付き合えば昨日の貸しをチャラにしてやると言ってるんだ」
「……分かりました」

 ちょっと不安だけど、まあいいか。
 私が納得いかない顔でこくりと頷くと、先生はペンを置いて立ち上がった。

「じゃあ行くぞ」
「だから、どこに行くんですか?」
「――全くお前は本当に学習能力が無いな。黙って付き合えと言っただろう? 来い」
「わっ!?」

 医務室の電気を消し鍵をかけると、先生は私の腕を掴んでさっさと歩き出した。