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春雨02

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 鷹凪先輩のややあきれたような声。何度も確認されていたのだろうか?
「そう? でもさっきは驚いたわ。克哉が美智ちゃん連れてくるなんて思いもしなかった」 自分の話題になって、緊張してしまった。ますます目が開けられない。寝たふりなんてするんじゃなかった。
「聖と香を迎えに行ったらさ、こいつの家が近いって言うから…」
 先輩は何故かいいわけでもするかのように今朝のことを話す。それがいかにも仕方なくといった感じで話すので、少し悲しくなる。まあ、確かに仕方ない理由ではあるけどさ。でも帰りに送ってくれるっっていったのは先輩の方じゃないか。
「そうなんだ、私はてっきり、克哉が美智ちゃんのこと気にしてるのかと思っちゃった」
「そんなわけないだろ? こいつみたいな子どもには興味ないね」
 一蹴されてしまった。そんなムキにならなくてもいいじゃない。
「子どもって…克哉はそんなに美智のこと知らないでしょ?」
 なだめる様にめぐみ先輩がフォローしてくれるけど、怪我の一件以来、私は先輩には適わない。確かにお子様ではありますけど…。
「とにかく、こいつの話はいいだろ。なんでみんなそういう話が好きなのかねー」
 ややあきれた口調。今朝は聖にも似たようなこと言われたっけ。
「…確かにそういう話が好きな人は多いけど。克哉はまるで避けてるみたい。
 もしかして…まだ、あの時の事ひきずってる?」
 この時、私は寝たふりをしたことを本当に後悔した。
 だってこの一言で、鷹凪先輩の空気が一瞬にして変わったから。
 触れて欲しくなかった話題だったみたいだ。
 明らかに不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「別にそんなことないよ」
「そんなことないようには見えないけど?」
「お前には関係ないだろ? なんでそんなこと聞くんだよ?」
「あなたが心配だからよ。私だけじゃないわ、彩花だって…」
「いいんだよ!」
 その名前に、先輩は明らかに苛立った様子を見せた。声を荒げた先輩をこの日初めてみた。
 私は怖くて、目が開けられなかった。先輩はどんな顔をしているんだろう?
「ごめんさない。余計な事を言った。でも分かってほしいの、みんなあなたの事を大事に思っているわ。だから…」
 なおも続けようとするめぐみ先輩を今回は幾分か落ち着いた様子で諫める。
「いいんだよ。分かってる。だからこの話はもうやめてくれ」
「…分かった。ごめん」
「別にいいよ」
 口ではそう言っているけど、先輩は明らかに動揺していて。
 さすがにめぐみ先輩もそれ以上何も言わなくなってしまった。車の中はさっきよりもずっと気まずい沈黙に包まれ、私はますます目を開ける事が出来なくなってしまった。  


 次に気が付いた時には、車が止まる気配がした。 
 今度はばっちり目が覚めた。
「あ、美智ちゃん、起きた?」
 気が付けばめぐみ先輩はもう車から降りる所だった。暗くて周りがよく見えないけど、住宅街のようだ。彼女の後ろに一軒家が見える。
「ここ、めぐみ先輩の家ですか?」
「うん、それじゃあ、またね」
 何故か彼女は焦った様に車から降りて言ってしまった。
 って、ここに一人で取り残さないでください。
 あれからどれだけの時間が経っているかは分からないけど、私の中では一瞬だったから、さっきの気まずい雰囲気を引きずっていた。こんな状態で鷹凪先輩と2人きりになりたくない。
「それじゃ、行くぞ」
 彼は何事もなかったかのように車を発進させた。
 車が動き出してから数分間は彼は何も言葉を発しようとはしなかった。もともと無口な人だったから、これはおかしなことじゃないと思う。さっきのことで機嫌が悪いからなのか、これが普通なのか、私には判断がつきかねた。バックミラー越しの先輩の瞳は無表情で、何の感情も読めないのが余計に怖かった。ただで、さえ少しつり上がった目は、少しきつく見える。
「…まっすぐ家に帰ればいいのか?」
「あ、はい。お願いします」
 突然の質問に緊張してしまう。思わず背筋を伸ばして答えてしまった。
「何で、急にかしこまってるんだよ?」
 少し笑いを含んだ声。ほっとする。バックミラー越しに合った目も笑っているように見えた。
 よかった。少なくともさっきの怖い感じはなかった。
 さっきよりも落ち着いた沈黙があった。そう思うと現金なもので、私はほっと一息ついてしまった。
「それにしても、さっきまでよく寝てたよなあ」
「すみません…。まさか寝言で変な事叫んでませんよね?」
「言ってた」
「え?! 何言ってました?」
「さあ?意味不明な言語で喋ったり、かと思ったら突然叫びだしたり」
 冗談かと思って答えていたけど、何故か急に不安になった。
「…本当に、何も言ってないですよね?」
 私が本当に心配しているのが伝わったのだろう。ますます嬉しそうにからかう。
「えーそれは、俺の口からはちょっと言えないなあ。それにしてもおまえがあんなこと言うとはなあ…」 
 この口調なら冗談だとは思うけど。今度、めぐみ先輩に確認しておこう…。
 そんなこんなで、さんざんからかわれているうちに、見覚えのある景色が見えた来た。
 ここまでくれば、家まではもうすぐだ。家に着くのは何時くらいになるだろうと、自分の携帯の時計を見た時に、唐突に思い出した。
「あ!」
 そういえば、今朝夜ご飯はいらないっていって出てきたんだっけ? いろいろあってすっかり忘れてしまっていた。
 うちに帰っても何も食べるものがない可能性がある。何より両親はまだ帰っていないかもしれない。鍵、持ってたっけ?
「なんだ? 突然叫んだと思ったら百面相して、どうしたんだよ?」
 先輩が鏡越しに目を向けてきた。
「百面相なんてしてません!」
「暗いからって油断するなよ。意外と見えるもんなんだよ」
「でも百面相なんてしてません」
「はいはい、分かったよ」
 珍しく先輩の方が折れる。意地も張ってみるものだ。
「で、なんでさっき慌てた声出したんだ? 忘れ物か?」
「はい、まあ、そんな所です」
 モノではないけれど、忘れていたのに代わりはない。
「もしかして、河原に忘れてきたのか? 取りに戻った方がいいか?」
「いえ、そうじゃないんです。戻らなくっても大丈夫です!」 
 先輩が本当にUターンしそうになったので、私は慌てて彼を押しとどめた。
「ちょっと忘れてたことを思い出しただけなんです」
「何だ、紛らわしいなあ。何を忘れてたんだよ?」
 途端にあきれた様な口調になる。さっき真剣な口調になったと思ったらすぐこれだ。百面相は先輩の方だと思うのだけど。後が怖いので口には出さずにおいた。
「たいしたことじゃないですよ」
「そうか?」
 先輩はそれ以上は聞かないでいてくれたので助かった。
 車はそのまま私の家の方に向かって走り始める。本当はコンビニの前で下ろしてもらいたい所だけど、何となく言いづらかった。
 言えば絶対にからかわれるのが目に見えていた。
 仕方ない、一度家の前で降りて、歩いてコンビニまで行くとするか…。 
 そして先輩は一度も迷う事も、私に道案内されることもなく家に辿り着いた。
作品名:春雨02 作家名:酸いちご