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あなたの好きな、 【 side others 】

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【 spirit in bridge 】



「カナエは元気?」
「見違えましたね、橋姫さま」
 なにそれイヤミ?っつーか聞いたことに答えなさいよなにしみじみしてんのよ本当にあんたら兄弟なんなのよアタマくるんだけどマジで。

 夕暮れ時の道はなんとなく忙しない。こよみの上では秋だって言われてもまだ夏としか思えない空気の中、それでもいくぶん肌の露出率の減ったような気がする人たちが家路に買い物にと行き交う。
 多分このケイジもそうなんでしょうね。自転車に乗って、あたしの居るメインの橋の横に新しく架けられた人間専用の橋(アレなんて言うのかしらねぇ)に駅側からやって来た。こいつの兄貴は最近ちょくちょく来てたんだけどケイジは久しぶりだったし、ちょうど良いからダメモトで聞いた結果がアレよ。怒って良いでしょ?

「そりゃねぇ、せっかくだから着替えたわよ? おっしゃる通り時代遅れなカッコやめたからずいぶん違って見えるかもねー? どーせ2、30年もすればまた時代遅れになるんでしょうけどね。フン」
「ああ。すいませんすいません、そういう意味じゃなかったんです、言い方間違えました。でもそうですね。似合ってますよ、今の服装も」
「誠意が感じられないんだけど! っつーか聞いたことに答えろ!」
 真っ赤になって怒鳴るあたしにケイジはもう一回「すいません」と、やっぱり謝罪の雰囲気のあまりない言葉をやたら柔らかい笑顔のままでこちらに放ってよこした。もうやだ、いつの間にこいつこんなタラシになった。普段はそんなんじゃないじゃない。そんなニコニコしてじっとこっち見てくるとかありえない、あたしがどんだけ他人と目を合わす機会ないかわかってんの・・・って。ちょ、落ち着けあたし。だからありえないでしょ、こいつが女をタラせるようなタマかっての!
 そうよ、改めて見てみればいつもと違うところがちゃんとある。いつもぼーっとした表情をしがちな顔を珍しく緩ませて、細い橋の上からこっちを見てるケイジの耳に当てられているのは携帯電話。もちろんどっかに掛けてるわけがなく、こいつの意識がこっちに向いているのは確かで、つまりあれはカモフラージュ。なんの? “あたし”を“見て”、“話す”ことの。
 まあね、わかっちゃいるのよ。こいつの兄貴だってあたしのとこには人目に付かない時間なり状況なり考えて来てるもの。視線そらしてぼそぼそ口ん中で呟くようにしゃべるのがいつものケイジだっていうあたしの認識の方が本当は変だってくらい。でも今までずっとそうだったんだもの。携帯なんて持ってないのがこいつだったんだもの。
 びっくりくらい、しても仕方ないでしょ。

「・・・も、いいわ。とにかくカナエよ。教えなさいよ」
「カナさんが元気か、でしたね。それは兄さんに聞いてもらえれば分かると思いますが」
 携帯を耳に当て、軽く首をかしげる様子に動揺はまるでない。心底不思議そう。そりゃ兄貴がここ来てるの知ってんだろけどなんかホントもう、こいつ。
「あたしは、あ・ん・た、に聞いてんのよ」
「兄さんは正月に会いに行ったそうで、元気だったと聞いています。その後のことは聞いてませんので」
 言葉を濁してちょっとだけ申し訳なさそうな表情してるのは、自分がたいした情報を提供できないことに対するものだろう。そう思うんなら最初っからもっと彼女のことを気にしてりゃ良いんだわ。なんだかイライラして、あたしは舌打ちをした。
「結局アレ経由情報なのね。携帯買ったんならチョクで話せばどうなの」
「番号知りませんしね。携帯で国際電話とか金額怖いし。兄さんはその辺気にしてなさそうですが」
 だから、兄貴のほうに振るなってのよ。
「ケイイチに聞くなんて嫌。あいつキモイ」
「うわあ、言いますね。兄さんはあなたを気にかけているようですが」
「冗談! 万が一億が一本当でもそれ方向性間違ってるわよ!」
 思わず座っていた欄干から立ち上がり、次の瞬間にはケイジを目の前でにらみつけていた。この細い橋も“あたし”なのだ。
 さすがに驚いたのか身じろいで、停めていた自転車に足をぶつけた様子に少しだけ胸がすっとする。数ヶ月ぶりに間近で見たケイジは相も変わらず全体的に細っこい。ガリガリってわけじゃないからもやしとは言わないけど、色素薄いし眼鏡だしわりと童顔だしでなんか高校生っぽい。印象だけならもっと前から変わってないし。

 それでも、カナさんとケイちゃんとケイくんが浴衣着てここで打ち上げ花火見てた頃は、彼らにとっては今じゃない。

「話し変わるけどさ、週末の祭。あんた誰かと来るの?」
「いえ・・・。あ、待てよ。大学の友人が集まるとか言ってたような。他に用がなければ来るかもですね」
「その集まり、女いる?」
「はあ。いるかもしれませんが」
 やっぱり目をそらさない。心底不思議そう。だから空気読めって。変わるんならその辺が変われば良いのに。ここにずっと居る、あたしとはせっかく違うってのに。
「ここで花火見るの?」
「どうでしょう。ここが特等席だって知ってる奴がいれば。僕から誘う気はないしなぁ」
「へえ。なんで?」
「一応、特別な場所だと思ってますんで」
「・・・なんで、トクベツ?」

 不覚にも。
 期待、してしまった。

「あなたが居ますから」

 だからそこでサラリとそういう発言すんなばかぁぁぁあっ!!
 あんたが期待クラッシャーなのはわかってたけど、なんであたしなの、しかもどうせあたしが思ってんのと違う方向の話に決まってんのに、絶対決まってんのにそんな風に微笑うなってのよおおおおっ!!