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彼女のトモダチ

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2、目撃



 それから一年後。私たちは高校二年生になった。千笑とはクラスが分かれたけれど、私と田村はまた同じクラス。でも、私たちの状況は何一つ変わらない。ただ一つ、私の心だけが、日増しに苦しくなっているだけだ。
 どうして……? 理由なんてない。私、田村が好きなんだ……。
 そんなことに気付いてる一年間。それでも押し殺すほかなかった、一年間――。

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「美波。今日も部活だよね?」
 ある日の放課後。部活へ向かう美波に、千笑が声をかけた。クラスが違っても、親友である美波と、恋人である田村がいるため、千笑は何かといっては美波のクラスに訪ねて来る。
「うん。どうかしたの?」
「ううん。別に……」
 そう言う千笑は、どこか元気がないように見えた。
「どうしたの?」
「ううん。たださ、なんかつまらなくって。智樹は残念だったけど、それでももちろん部活だし、美波はもうすぐ大会で忙しいし。私だけ手持ち無沙汰って感じで……」
 千笑が言った。恋人の田村は先日、野球の試合に負け、早くも甲子園行きの切符を逃していたことで、最近少し落ち込んでいるようだ。それでも部活は続いているので、どこの部活にも所属していない千笑にとっては、恋人とも親友とも遊べない日々が繰り返されている。
「なに言ってんの。千笑は部活やってないんだから、しょうがないじゃない。それに、他に友達がいないわけじゃないんだし」
「だけど、他の子と美波は違うよ。親友じゃない」
 千笑の言葉に、美波は嬉しさと同時に顔を赤らめた。そんな美波を見て、千笑も赤らむ。
「やだなあ、美波ってば。どうしてそこで赤くなんのよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃん」
「千笑こそ……っていうか、こんなところで告白はやめてよ」
「あはは。ごめん」
「嘘ウソ。嬉しかった。でも、ごめん。もうすぐ大会あるから、私も頑張らないと。それが終わったら、毎日遊ぼ!」
「うん。困らせる気はなかったんだ。許して……大会まであと少し。それが終わったら夏休みだもんね。頑張ってね!」
「うん、ありがとう。じゃあね」
 なおも少し寂しそうな千笑に、美波は心の中で悪く思うも、今は陸上部の大会も近いため、部活を優先させるほかなかった。
 美波は千笑に手を振ると、教室を後にした。

 グラウンドの一角では、陸上部の部員たちが準備運動をしている。
「じゃあ、行くよ」
「はい!」
「ヨーイ、スタート!」
 部長のかけ声で、部員たちが走り出す。ウォーミングアップ兼ねてのランニングだ。その中に、美波もいた。
 美波は短距離ランナーで、中学時代にはいくつか賞も獲っている。もうすぐ開かれる陸上の大会にも、出場が決まっていた。美波は自分のペースを保ちながら、学校を出て行った。
 ふと、ボールが当たる気持ちの良い音が聞こえた。野球部である。美波の脳裏に、田村の顔が浮かぶ。だが美波は、それを打ち消すように顔を振ると、そのまま走り続けた。

 ランニングコースは、学校周辺を数周する。これは、陸上部の日課である。
 駅の近くに差しかかった時、美波の足がふと止まった。他の部員もマイペースで走っているので、美波の側には誰もいない。
「千笑……?」
 美波はぼそっと呟いた。視線の先には、千笑がいた。千笑は道の反対側を歩いており、美波にはまったく気が付かない。そして千笑の側には、見知らぬ男性の姿があった。相手は私服なので、大学生かフリーターだろうか。親しげな様子で、そのまま駅前のカラオケボックスへと入っていった。
「鈴木。どうしたの?」
 状況が飲み込めず、呆然と立ち尽くしている美波に、後から追って来た部活の先輩が話しかける。
「あ、いえ……なんでもないです。すみません」
「大会近いんだから、ぼやぼやしてちゃ駄目だよ。行こう」
「はい……」
 美波はそのまま、もう一度走り出した。
(千笑……浮気じゃないよね。ううん。私の見間違いかもしれない。あれは、千笑じゃない……)
 美波は心の中で、そうケリをつけた。だが、同じコースを数周するため、駅前を通りかかる度に、千笑の姿を探していた。

 放課後。部活の仲間と別れ、美波は帰り道にあるコンビニエンスストアへと足を運んだ。疲れていても、今日は真っ直ぐ帰る気にはなれなかった。
 雑誌コーナーで、パラパラとページをめくりながら、美波は千笑のことを思い出していた。
「鈴木」
 その時、横から声をかけられた。そこには、部活帰りと思われる、田村の姿がある。
「偶然だな」
「田村……」
 田村は美波を横切って、少年誌を手に取った。
「毎日、毎日、暑いよな」
 ページをめくりながら、ぼそっと言う田村に、美波も自然と笑みが零れる。
「本当だね。田村、真っ黒」
「おまえこそ」
 二人は笑った。田村は見ていたページを閉じると、少年誌を抱えたまま背を向け、その場から去っていった。
 美波は居なくなった田村に残念な気持ちになりながらも、見ていた雑誌を眺め続けていた。
 するとそこに、買ったばかりの袋を下げて、田村が戻ってきた。その手には、二つ入りのチューブアイスが下げられている。
「アイス食わない?」
「え?」
「もう暗いし、家の方向一緒だろ? 途中まで一緒に帰ろ」
 自然なまでの田村の優しさに、美波は頷き、そのまま二人は店を後にした。
 一つとなっているチューブアイスを二つに割ると、田村は一つを美波に渡し、歩き始めた。
「マジであっつ……」
 汗を拭いながら、田村は美波の一歩前を歩いている。美波はそんな田村の後姿を見つめ、アイスを口にする。
「……何かあった?」
 そんな時、田村がそう言って振り向いた。
「え?」
「いや……さっき、怖い顔してたから……」
「……してた? いつ?」
「コンビニで。だからちょっと、気になって……」
 美波は言葉を失った。もしかしたら田村は、心配して声をかけてきてくれたのではないか。だがそんな優しさに応えることは出来ない。悩みの原因は、田村の恋人である千笑のことなのだ。もしかしたら千笑が浮気しているかもしれないことなど、田村に相談出来るはずがない。
「あはは……ありがと。でも、大丈夫だよ」
「……そう?」
「うん。ただ、もうすぐ大会が近いから……ちょっとナーバスになったりしてるんだ」
 美波の言葉に、田村は理解した様子で、微笑んで頷いた。
「そっか。そういうの、よくわかる。大会いつ?」
「来週の日曜日」
「じゃあ、俺も応援しに行っていい?」
「え?」
 その言葉に、美波は驚いた。
「来週の日曜は、試合ないから。部活はあるけど、なんとか行くよ。去年、行けなかったし」
「いいよ、そんなの」
「いいじゃん。千笑と行くよ」
 美波は自然に微笑んだ。田村の口から千笑の名を聞くだけで、少し傷付く自分がいる。だがこの一年で、感情を押し殺して笑うのには慣れてしまった。
「うん。ありがとう……」
 夕暮れの街を、二人は静かに帰っていった。
作品名:彼女のトモダチ 作家名:あいる.華音