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彼女のトモダチ

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8、最後の大会



 数日後。昼食の時間、美波と千笑は向かい合って食事をしていた。
「いよいよだね、大会」
「うん。今回は転ばないようにしないと」
「うん。私も今回は、真正面に座らないで、地味に応援するわ……」
 冗談交じりに、千笑がそう言った。
 美波が田村を好きだということを、千笑は以前より、学校で二人が楽しそうにしゃべっている時に薄々感づいていたが、昨年の大会前に、田村から美波を泣かせてしまったと相談を受けたこと、そして大会で美波が見せた態度で、それを確信したのだと、後で美波は聞かされていた。千笑と田村が一緒にいるところを見た直後に、美波の様子がおかしくなり競技中に転んだのだということを、千笑は見逃さなかったのだ。
「あはは。今回は大丈夫だよ……」
 そんな話は、今では笑い話になっているものの、昨年の大会では記録も残せずにいたので、美波にとってあまり触れられたくないところだ。
「智樹の試合も、同じ日だってね……」
「うん……千笑は、野球部のほうに行っていいんだよ?」
「なに言ってんの。もううちらは関係ないって。それに、野球部は派手な応援団を引き連れて行くんだから。私は美波を応援しに行く」
「ありがとう」
 二人はそう言って、お弁当をつつく。
「でも、今度の大会が終わったら、いよいよ引退か……その後は受験? 美波はどこ受けるんだっけ?」
 千笑が尋ねる。
「いろいろ考えてはいるんだけど、体育系の大学に行けたらと思ってる……千笑は?」
「私はまだ……でも、外語関係の短大がいいかな……ついにお互い、別々の道に行くんだね……」
 千笑の言葉に、二人はしみじみとしてしまった。
「うん……でも学校は違っても、家は近いままだもんね。週末の買い物とかは、一緒に出来るよね?」
「もちろん」
 二人はそう言うと、笑顔に戻った。

 そして、日曜日。去年の大会と違って、今日は雲一つない青空であった。
「気持ちいいけど、暑い」
 美波と一緒に競技場へ向かう、千笑が言った。もう真夏の格好だが、競技場にいる限り、汗が引くことはないだろう。
「どう? 体調は」
 千笑が尋ねる。美波は笑顔で頷いた。
「バッチリよ」
「そう。よかった」
 笑顔で答える千笑に、美波は突然、真顔になり、前を見つめて口を開く。
「千笑。私、頑張るね」
「え?」
「今日はベストを目指す。それで、今日が終わったら……私、田村に告白しようと思う……」
 突然の美波の言葉に驚きつつも、千笑は嬉しくなった。今まで、ことに恋愛に関しては、自分から動こうとしなかった美波の、一歩前へ出た言葉である。
「うん……うん! 頑張って!」
 そう言う千笑の顔に、美波は励まされたように頷いた。
 先日、将来の進路について千笑と話した後、美波はいろいろと考えていた。高校を卒業すれば、千笑と学校が離れることはもちろん、当然、田村とも違う学校になる。そう考えたら、美波は田村に気持ちを伝えずにはいられないと思ったのだ。

 陸上競技場では、広い場内で各種目が行われる。美波も数種目出る予定で、客席で千笑が見守る中、準備運動を怠らず、田村への想いの決意を固めていた。
「先輩。これで最後の種目ですね」
 数種目終えたところで、後輩の一人が美波にそう声をかけた。
「うん。行ってくるね」
 美波はそう言うと、最後の種目である決勝戦のスタートラインに着いた。短距離選手である美波だが、ゴールは随分遠くに見える。
「ヨーイ」
 考える暇を与えず、号令がかかった。美波は反射的に前を見据える。そしてピストルの音が鳴り響き、美波は一心不乱に走り出した。
 昨年は、つまらないことで悩んで転んだのだと、嫌な思い出も蘇る。しかし今は、ゴールに思い浮かべた田村の姿だけが見えた。
 途端、美波は一番でゴールを切っていた。すぐに振り返ると、自己ベスト記録を破っている。
「先輩!」
 嬉しさと同時に、後輩たちが駆け寄ってきた。
「おめでとうございます!」
「ありがとう。なんだか実感が沸かないな……」
 そう言っている間にも、美波は優勝の実感を噛み締めていた。
「優勝したんだ、私……」
 静かに、美波がそう言った。

 大会が終わると、すぐに千笑が駆け寄ってきた。そして、美波に抱きつく。その目には、涙さえ浮かべている。
「美波、おめでとう! 本当、すごかった。もう私、嬉しくて嬉しくて……」
「やだ、千笑。なんで千笑が泣くのよ」
 そんな美波の言葉に、側にいた部員たちも笑っている。千笑はすぐに我に返ったように、美波の手を引っ張った。
「千笑?」
「さあ、じゃあ行こう」
「え、どこに?」
「決まってるでしょ。野球場よ。ここからそう遠くないし。じゃあ部員の皆さん。我々は用事がありますんで、先に失礼しますね」
 千笑は部員たちにそう言うと、強引に美波の手を引っ張り、歩き出した。
「ちょっと、千笑。勝手に部員の輪から外れたりしたら……」
「なに言ってんの。十分結果は残したでしょ。それに、大事なのはこっちも同じでしょうが」
「でも、もうとっくに試合、終わっちゃってるよ……」
 突然の千笑の行動に、美波は弱気にそう言う。田村の試合は午後一番だと聞いていたが、もう夕方に近い。
「現在、延長十二回。さっき打たれて、今は八対七でうちが負けてる……でも、智樹は最後まで諦めないはずだから、美波も応援しなきゃ駄目だよ」
 そう言った千笑の顔は、真剣そのものだった。
「千笑……」
 二人は急いで、試合中の野球場へと向かっていった。

 野球場では、長引きながらも白熱する試合に、客は誰も帰ろうとはしていなかった。美波と千笑は、走り込むようにスタンド席へと足を運んだ。
(田村……田村……田村!)
 逸る気持ちを抑え、美波は心の中で、何度も何度も田村の名を呼んでいた。
 その時、カキーン──と、気持ちの良いくらいの音が聞こえ、白いボールは大きく弧をかいて、ファールかホームランかの、際どいところへと飛んでいく。
「田村!」
 美波が叫んだ。今ボールを飛ばしたバッターは、田村だったのだ。
 ボールはそのまま、観客席へと放り込まれた。ホームランである。
 たちまち、観客が歓声とともに立ち上がった。今来たばかりの美波と千笑も、ホームベースに帰ってきたのが一人だけではないのが見え、今の田村のホームランで、サヨナラ勝ちをしたことだけはわかる。
「美波! 美波、やったよ! サヨナラホームランだって!」
「うん……うん……!」
 美波の目からは、涙が零れ落ちていた。
 二年前、同じ場所で同じ光景を見ていた。その時の感動がそのままここにあるように、美波は感動に身を震わせていた。
 田村の率いる野球部は、やっと甲子園への切符を手に入れたことになる。
「すごい。本当に……」
 涙を拭いて、美波は静かにそう呟いた。

 静けさが戻った野球場では、美波と千笑が動けずにいた。いざ告白をしようと思っても、シチュエーションから何から、何も浮かばない。
「帰ったほうがいいなら、先に帰るよ」
 気を利かせて、千笑がそう言う。しかし、美波は首を振るばかりだ。
「ううん……」
「でも、ここにいても智樹には会えないよ。もしかしたら、すれ違っちゃうかも……」
作品名:彼女のトモダチ 作家名:あいる.華音