センチメンタル
伴無き彼はかく語りき……俺と猫
ふと右手を見るといつ来たのか、猫が丸まっていた。全く幸せそうに寝やがって。こちらの気も知らずに、と腹を立てかけてからはっとした。
――気など知るものか。どうして知れと言うのだ、この言葉も通じぬ存在に。
まるで当たり前。そんなことも直ぐには分からぬようになったと思うと限りなく憎悪の満ちた自己嫌悪に陥る。
自分のことは憎んでも、愚かだと評する程のことはしない。この世界、幾ら広いと言えど本当に信頼できるのは結局のところもう己のみなのだ。自分で自分を下卑て、果たしてどうなるのだ。
この場に他人こそいないが、己の醜態に苦笑したとき、椅子に座る自分の前にどっしり構える物書き机の奥の扉が大きな音を立てて開いた。
キィ、と鳴る扉は人為的に開けられたものでなく今日の暴風によって開いたものだと、分かっていてもつい人の影を探してしまう。
最早これも一種の癖かと観念してはいるのだが、どうにもやりきれない。自らの所業に乾いた笑いを浮かべると、扉を閉めるよう立ち上がる。何故風などのせいで動かねばならぬのかと、嘆息してしまう。
扉に手をかけ閉めようとした瞬間、するり、先刻机で丸まっていた猫が隙間を抜けて部屋を出ていった。
何も考えず机を振り向き猫がいないことを確認し、閉めかけた扉をまた開け廊下を見遣る。猫はもうどこにもいない。
先までの思考が馬鹿馬鹿しいと思う程度には笑いたくなったが敢えて戒め、ほんの小さな声でぽつり呟く。
「…猫の為にこの扉は開いたのか」
どこから入ってきたかも知れぬ、猫の為に。