心中未遂
「話はそれで終わりか」
「終わったように思いますか、今の流れで」
「いいや。どちらにせよ、俺にとっては関係ないことだ」
むっとした感情が言葉に滲んだが、館川はそんなこと気にする筈もない。暗がりの中、相手の言いたいことが分からず真由は眉をしかめた。それを雰囲気で感じ取ったのだろう。彼は実に面倒だとでも言いたげに、ため息を零した。
「あんたは、その話を俺にしたいわけじゃない。切っ掛けを作って自分に話したいだけ
だ。なら俺にとって、どこで区切りをつけようが関係ない。そもそも、あんたにとってしか始まってない話だ」
いつもの館川からは考えられないような饒舌さで言い切る。
そうして、真由の返答など待たずにカップをシンクの中に置いて扉の方へと足を向けた。進む足取りに未練なんてこれぽっちもありはしない。
反射的に言葉が口をついた。
「じゃあ」
すっかり日が落ち、暗くなってしまって外から差し込む光はほとんどない。振り返った筈の館川の表情も、闇の中にすっぽりと包まれてしまっていた。
それでも、真由には何となく分かっていた。無表情の中にはめ込まれた彼の黒い瞳が、今は真っ直ぐ自分の瞳を見つめているのだろうことが。
「じゃあ、なんで今まで話聞いていてくれたんですか? もっと早く区切りをつけても良かったんじゃありませんか」
「飲みきるまでの時間つぶしだ。職員室の方で飲んでると、引っ切り無しに話しかけられて休憩どころじゃない」
まあ、ここでも大して変わらなかったけどな。淡々と皮肉の色も何もなく、ただ事実だけを口にする。それがかえってこの上なく、痛い言葉だった。
館川先生にとって、楽しい時間になりましたか。微かに掠れた声で虚勢を張るが、そんなもの、この教師の前では意味のないことだった。
「時間つぶしが楽しいことと必ずしも同義にはならないだろ。人の懺悔なんて聞いていても楽しいわけがない」
「本当、容赦ないですよね」
「今更だな。あんたは人選と場所選びが悪すぎる」
真由は手の中のカードを強く握り締め、口元を歪めた。館川の容赦の無さが痛くもあったし、隠しもしない言葉がありがたくもあった。
もしも、優しく柔らかな慰めの言葉を与えられたら。きっと、そこにずぶずぶと沈んでいってしまって、二度と起き上がれそうもない。
分かってます。感情の起伏がそのまま滲んだのか、答えた声はいつもより少しだけ高かった。
何に対しての言葉なのだろうか。どの言葉に対するものなのか、それとも館川のすべての言葉に対しての返答なのか。真由は自分でも分からなかった。
「分かってますよ」
再度呟いた言葉に、館川の返答は実に短かった。八つ当たりを謝った時と同じく、声音に感情を滲ませることなく「そうか」と言っただけ。
そうして、まるで何もなかったかのようにノブを回した。まるで、じゃないのかもしれない。彼にとっては、真由が何を言おうと何かが残ることはないのかもしれない。
開いた扉から室内に走った蛍光灯の光は、床を真っ白く浮かび上がらせていた。その線が徐々に細くなっていくと、館川の広い背中も光の中に飲み込まれていって、ぱたりと扉は閉じた。再び暗さを取り戻した室内には、真由だけが残された。
もう一度、ポストカードの上に手をかざす。もう掌には、何もない。光の残骸すらも、今この空間にはないのだ。
それで、と。形にしきれなかった言葉の続きが喉元でせめぎあって、呼吸が苦しかった。吐き出す相手がいなくなったそれが、酷く苦い。唇から零れた呼吸が馬鹿みたいに震えていて、いっそ滑稽だった。