幻想を盗む(仮)
(・・・人・・・?)
影は「人」だった。
「・・・」
マントから少しこぼれ落ちている髪の毛は灰色に見えた。黒い目がシーアンを凝視し、細い眉を不機嫌の形に顰めている。すっと通った鼻筋に薄い唇。それらを全て載せた薄い肌色の顔。彼の口を塞いでいるマント越しの手は五本指。
と、同時に、彼の胴を封じるために押し付けているのは2本ある足の片方だ。
「・・・」
腹の辺りを足、つまり靴の裏でぐっと押さえつけられ、息をしたくとも口は塞がれている。苦しいことこの上ないシーアンを、その「人」は無感動ともいえる瞳で見下ろしていた。
突然の事態にシーアンはどうしようもなかった。体の自由は聞かないし、しゃべれないし。
だが、思考はひとつだけ、浮かんでいた。そればかりが、彼の頭を支配し、同時に理性をぎりぎりの所まで保たせていたのである。
(なんで・・・「人」がここに・・・)
そう、それは「人」なのである。それも、シーアンが見た限りでは、「女」と部類される「人」であるように思えた。いや、女か男かは、この際まだどうでもいいことだ。驚くに値するのは。
(この町に「人」なんて、いるはずないの、に)
10回くらい同じことを考えていた彼を見下ろしていた「人」(おそらく女性)は、不意にその薄い唇を吊り上げた。笑って、いや、哂っていたのだ。
「・・・目的はこれ、だけだったんだけど」
見た目に反してかなり明るい声がシーアンの耳に届く。やっぱり、女なのか。
マントの中に忍ばせている文献をちらりと目にやり、すぐに視線をシーアンに戻すと、女は囁いた。
「お前も、盗んじゃうか、ついでに」
ぼそりと囁かれた言葉に、シーアンは驚き、弾かれた様に体を持ち上げようとした。
その瞬間だけ、シーアンは上半身を少しだけ起こせた。体を押さえつけていた足が退いていたからだ。
尤も、ほんの一瞬のことだけであったが。
『ドスリ』