私のやんごとなき王子様 土屋編
「つ、土屋君……」
「君は僕と花火を見ていればいいんだよ」
耳元で優しく囁かれて、脳がとろけそうな心地がした。
「でもっ……あんなの……ひどいよっ!」
吸い込まれそうなその温もりを振り払って、思わず叫んだ。
「好きでも無い人間にお情けで付き合う方がよほど酷いと思うけど?」
土屋君は自分の腕から逃れた私を射るような瞳で見つめてくる。
違う、違うの。
私は土屋君の事が本当に好き。だけど水原さんがあんな風に嘆いているのに、その腕の中で甘えるのは違うと思った――けど。
そんな言葉は喉を通らない。
「行きなよ、君の好きな所へ」
「土屋君」
「行けって言ってるだろ?」
私はその場から逃げるように宿舎へと向かった。
涙が溢れて止まらない。
自分でも何がしたいのかよく分からない。
だけど……
だけど…………
ドーーーン! とひと際大きな花火が上がって、震える空気の振動が心臓にまで突き刺さるような気がした。
ドーーーン!
ドーーーン!
花火の音だけが私の世界を支配していた。
作品名:私のやんごとなき王子様 土屋編 作家名:有馬音文