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私のやんごとなき王子様 土屋編

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「土屋君……」

 小さく声を掛けた。彼はまだ筆を握ったままだ。

「同情ならいらないよ」

 カンバスに視線を馳せたまま、彼は鋭く言い放った。

「取材の人間の言葉、気にしてるんだろう?」
「…………」

 言葉に詰まった。なんて言っていいのかが分からない。
 惑う私に土屋君はさらに言葉を被せてくる。

「昨日、君は海に飛び込もうとした僕を止めたよね。僕がなんであんな事をしようとしたか分かる?」
「…………」

 答えられるはずもない。私には何も……。

「今の僕には才能なんてないからだよ。だから少しでも兄さんや父さんに追いつく足掛かりになるかもしれない事なら、全て――どんな事でもやるしかないって……そう思ってるんだ」

 そう言うと土屋君は自嘲気味に笑った。
 こんな顔――初めて見る。

「もう一度言う、同情はいらない」

 振り向いた彼は同じ言葉を、今度は私の顔をじっと見つめながら言い放った。

「なぜなら僕の才能は眠っているだけだからだ。僕の血はまだ眠っている――それだけだ」

 ブルーシートの世界の中に、夕焼けのオレンジ色の光が窓から差し込む。土屋君の姿はその中でふわりと浮かびあがっている。その凛とした美しさに私は思わず目を奪われた。

 うん――。そうだよ、分かるよ。

「分かるよ、土屋君。私にも分かる」

 やけに抽象的な言葉が口から出た。けれど土屋君はその言葉を聞くと、にっこりと微笑んだ。


 その微笑みはどこまでも清々しかった。