恋愛風景(第1話~第7話+α)
番外.140字/280字シリーズ-4
〈31〉(10.9.6:「深夜の部屋」で登場人物が「逃げる」、
「雨」という単語を使ったお話を考えて下さい。)*280字
「雨、止まないね」
彼女がこう言うのは何度目だろう。
直後、時計が0時を指した。終電にはもう間に合わない。
「タクシー呼ぶ?」
この質問はたぶん3度目。今度も彼女は首を振った、硬い表情で。
…これ以上、問答の必要はなさそうだった。位置をずらして彼女に近づき顔を寄せる。
重ねた唇は少し冷たい。
腕を引き寄せようとしたら、彼女は体を引いて逃れた。
「嫌?」
即座に首を振る。
「嫌じゃないけど、…ちょっと怖い」
不安で一杯の顔。彼女が初めてなのを今一度思い出した。
「優しくするから。信用して」
「…してるよ」
ぎこちなくも笑ってくれた彼女がいとおしくて、抱きしめる。
今度は、逃げなかった。
〈32〉(10.9.7:「夜の路地裏」で登場人物が「怖くなる」、
「花冠」という単語を使ったお話を考えて下さい。)*280字
住宅街の裏道を足早に歩く。
毎日歩いているとはいえ、ほぼ真っ暗な道には今もふと怖くなる時がある。
ホラー映画の場面や、ニュースで観た凶悪事件を思い出してしまったり…角から変質者が出てきたらどうしよう、とか。
そんなことを考えてまた怖くなった瞬間、目の前に立ち塞がる人影。反射的に叫んだ。
「落ち着けよ」
パニックになりかけた私を宥める、聞き慣れた声。心身ともに一気に脱力。
帰りは明日じゃなかったの?
「早く片付いたから予定前倒し。あ、これ」
花冠の意匠が刷られた、宝石店の紙袋。
…結婚1周年の食事は明日のつもりだったし何も準備していないけど、まあ明日も祝えると思えばいいか。
〈33〉(10.9.8:「朝のコンビニ」で登場人物が「開き直る」、
「眼鏡」という単語を使ったお話を考えて下さい。)*280字
「いいですよ別に」
万引きした少年の開き直った声。
懇々と諭す店長に対し、警察を呼べるものなら呼べと言わんばかりのふてぶてしい態度。見物したいわけじゃないけど、片付けものとか在庫補充とかでバックヤードに入ると見聞きしてしまう。
私がバイトを始めて何人目だろうか、と朝からやや憂鬱な気分。
「じゃあ呼ぶからね」
躊躇なくプッシュしようとする店長。途端に少年はわめき、ついには泣き出した。
中指で眼鏡の位置を直すのは、店長の本領発揮のサイン。
かつて少年課にいた経歴を知っているのはバイトでも数名。転職しても少年少女を思う気持ちに変わりのない店長に、年の差を無視して憧れている。
〈34〉(10.9.9:「早朝のベッド」で登場人物が「抱きしめる」、
「魔法」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
子供の頃から朝は苦手だ。
目覚ましを何個セットしても、揺すられても蹴られても起きられない。
結婚しても同じだったが、最近は変わった。
「ぱーぱ、はやくおきないとちゅーしちゃうぞー」
毎朝、瞬時に目を覚まさせる魔法。ベッドに飛び込んでくる娘の小さな体を抱きしめ、仕上げに可愛いキスをもらう。
〈35〉(10.9.10:「夕方のプラネタリウム」で登場人物が「落ちる」、
「コーヒー」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
出会いは職場のプラネタリウム。
夕方の休憩が一緒になった日、彼女がコーヒーを淹れてくれた。こっそり持ってきたというちゃんとした豆で。
彼女の流れるような手つきは綺麗で、見とれた。
僕が美味しそうに飲んでくれるのが嬉しいと彼女は言った。
胃にコーヒーが落ちてゆくにつれ、恋にも落ちたあの日。
〈36〉(10.9.11:「昼の屋上」で登場人物が「なぐさめる」、
「星」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
頭の上には雲一つない青空。
普段なら爽やかな光景も今はただ腹立たしい。
明るい世界の中で、私だけが異質な存在。太陽の光にかき消された星みたいな気分。
…ふと、影が落ちる。
顔を上げると幼なじみ。5限の授業に出ていない私を探しに来たらしい。
何も言わず彼はしゃがみこみ、伸びてきた指が涙を拭う。
〈37〉(10.9.12:「夕方のベッド」で登場人物が「泣きじゃくる」、
「花冠」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
呼ぶ声の小ささ。日が傾いた今はより痩せて見える顔。
溢れそうな涙を、歯を食いしばって堪えた。
刻々と近づいている最期の時…彼との永遠の別れ。
言葉の出ない私に被せられたのは、見舞いの花で作ったいびつな冠。
誕生日おめでとう、の細い声に我慢が限界を超える。彼の膝に突っ伏し、泣きじゃくった。
〈38〉(10.9.13:「昼の公園」で登場人物が「さめる」、
「飴」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
真昼の公園でうたた寝の最中、いきなり首筋が冷たくなって目が覚めた。
飛び上がって振り向くと、悪戯っぽく笑う彼女。
「飲む?」と見せたのは缶の冷やし飴。
「今時あったの?」
「ん、あっちの自販に。懐かしくなっちゃって」
もうだいぶ涼しくなったけど、彼女の笑顔はいつでも夏の太陽みたいに明るい。
〈39〉(10.9.14:「朝の駅」で登場人物が「泣きじゃくる」、
「焼き芋」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
コンビニの前を通ると、入り口脇に焼き芋を食べる女子高生がいた。
最近は売っている所が増えて、見かけるたびに戸惑う。
…屋台でいつも十本近く買い込むほど好きだった、あの人を思い出すから。
そして最後に別れた朝の駅の冷えた空気、泣きじゃくる私を温めてくれた手が、二度と戻っては来ないことも。
〈40〉(10.9.15:「深夜のコンビニ」で登場人物が「笑い合う」、
「雷」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
仕事帰りに寄ったコンビニで彼女の姿を見つけた。
いつもは朝に会うからこんな時間は珍しくて、お互い目を丸くする。
けれどすぐに微笑みを交わし、今日の出来事について語り合う。
と、外の闇に一瞬走る閃光、次いで響く雷の音。
小さく悲鳴を上げた彼女の肩を、他に客がいないのをいいことに抱き寄せる。
作品名:恋愛風景(第1話~第7話+α) 作家名:まつやちかこ