恋愛風景(第1話~第7話+α)
番外.140字シリーズ-2
〈11〉(10.8.18:「昼の廃墟」で登場人物が「見つめ合う」、
「飴」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
「…あ」
「久しぶり」
廃校になった故郷の小学校。
もうすぐ取り壊されると聞き、訪ねてみた。
別の町で就職した彼とは何年ぶりに会うのか…
しばし見つめ合い、視線を落とす。
「この廊下、よく走って怒られたね」
「そうだね」
かつては飴色だった廊下が目に浮かぶ。
思い出が、空白を一気に埋めた気がした。
〈12〉(10.8.19:「朝のグラウンド」で登場人物が「愛し合う」、
「足音」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
無人のグラウンドの芝生。
まだ砂埃の混じらない空気に微かに草が香る、この時間が好きだ。
…仕事がなくても毎朝6時に来る理由は、もう1つある。
通路に繋がる出入口に足音が響いた。
静かに現れた人影は私の隣に無言で座り、視線を交わして身を寄せる。
互いの愛情表現はそれで充分だと、いつも思う。
〈13〉(10.8.20(1):「夜の部屋」で登場人物が「予想する」、
「鍵」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
夕食を食べて歯を磨き、お風呂も済ませた。
つまらない番組で気を紛らわせつつドアを見つめ、今夜もダメかなと予想する。
…帰ると言いながらもう3日帰ってきていない彼。
何のために一緒に暮らしているんだろう…と考えているうちに日付が変わる。
やっぱりなと思ったその時、鍵が回る音が聞こえた。
〈14〉(10.8.20(2):「早朝の駅」で登場人物が「抱き合う」、
「シャンプー」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
まだ暗い駅で始発を待つ。明日から住む町に行くための電車。
「メール、毎日するから。電話も」
「……うん」
頷いて彼女はうつむく。もっと何か言いたいけど言えない、というふうに唇を噛んで。
泣き出すのを見たくなくて抱きしめると、彼女の腕も背中に回った。
乾きたての髪からシャンプーの香りがする。
〈15〉(10.8.21:「夜のコンビニ」で登場人物が「約束を破る」、
「桃」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
待ち合わせの場所に彼はとうとう来なかった。
携帯も通じない。最悪な気分でコンビニ前の暗がりに座り込み、3つ目の桃のアイスを頬張る。……彼とここで出会った日に買った味。
涙が出そうになった時、目の前に人影が立った。
「ごめん、バスが事故って……携帯も壊れて」
アイスの代金は彼に払わせよう。
〈16〉(10.8.22:「深夜の駅」で登場人物が「噛み付く」、
「魚」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
終電の通過した駅。もうすぐ照明も落とされるだろう。
光を反射する指輪の銀色は鈍く、魚の鱗のよう。
……もう要らないのに、まだ外せない。
二度と会わないだろう彼の、最後に見た表情が浮かんだ。
泣き喚く私の口を押さえた手の力、その指に噛み付いた時の感触とともに、当分は忘れられない予感がする。
〈17〉(10.8.23:「夕方のキッチン」で登場人物が「見上げる」、
「手品」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
夕食の準備をしながら時計を見上げる。
近頃マジックに凝っている夫はまた手品喫茶に行ったらしい。
…今日は早く帰れと言ったのに。
ため息をついた時、チャイムが鳴った。
ドアを開けた瞬間「おめでとう」の声。
マジシャンの扮装の夫が仲間の笑顔を背に、シルクハットから大きな花束を取り出してみせた。
〈18〉(10.8.24:「夕方のコンビニ」で登場人物が「落ちる」、
「ペットボトル」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
午後6時から7時の間に必ず来るあの人。
スーツだから仕事帰りなのだろう。
お茶のペットボトルを毎回2本、買っていく。
……私が飲んでいる種類といつも同じ品。
「40円のお返しです」
「ありがとう」
交わす言葉は1往復、いつも同じ。
なのに私は、そのたび自分でも呆れるぐらい深く、恋の中に落ちる。
〈19〉(10.8.25:「朝のエレベーター」で登場人物が「嘘をつく」、
「鍵」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
お互いに無言で家を出る。
些細な事がきっかけで徹底的に言い負かされ、一晩経っても悔しい。
向こうは一見平気な顔だが、目が覚めた時からこちらの様子をずっと窺っている。
エレベーターの中で呟いた。
「鍵、付け替えよっかな」
「え?」
「う・そ」
驚いた表情が膨れ面に。少しだけ勝ちを取り戻した気分。
〈20〉(10.8.26:「深夜のソファ」で登場人物が「嘘をつく」、
「缶コーヒー」という単語を使ったお話を考えて下さい。)
深夜に一人で目覚めた。…微かに残る煙草の匂い。
流しには灰皿代わりの缶コーヒーの缶が置いてあるはず。
職場が遠いから必ず終電までに帰る彼。ソファで眠るのも窮屈なのだろう。
部屋を居心地良く変えないのは、私の意地。
長居されると離れ難くなる。
だから煙草が苦手と嘘をつき、灰皿も置かないのだ。
作品名:恋愛風景(第1話~第7話+α) 作家名:まつやちかこ