私のやんごとなき王子様 波江編
「小日向先輩!」
ふいに名前を呼ばれ、私は振り返る。
ドキ……
潤君がにっこりと笑いながらこちらへやって来た。
「少し、お時間いいですか?」
「え?」
「一緒に、海に……散歩に行って貰えませんか? その……気分転換に」
遠慮がちに誘う潤君に私も戸惑いながら頷いた。
「うん……。行こっか」
「はい!」
潤君は私の返事を聞くと、本当に嬉しそうに微笑んだ。
*****
夜の海は静かだった。
暗くて静かで波の音と、私達の足音と声しか聞こえない空間は、私をとても落ち着かせた。
「静かですね」
そう言うと潤君は夜空を見上げた。
「星がすごく綺麗――」
潤君の言葉に私も夜空を見上げる。頭上には満天の星空。潤君と二人で夜空を見上げて――こんな風に散歩できるなんて、すごく嬉しい。3日前に皆で海に来た時とは全然違う。あの時は――水原さんが潤君を呼びに来て、それで……。
「先輩?」
水原さんの事を思って、きっと私の表情が沈んだに違いない。そんな私を潤君はすぐに気遣ってくれる。いつも潤君は私の些細な心の機微を捉えてくれる。
じゃあ水原さんには? 彼女にもやっぱり潤君は優しいんだろうか? だとしたらどうして私を海になんて誘ったんだろう。昨日、水原さんに告白されたばかりなのに。どうして私なんだろう?
頭の中で色んな感情がゴチャゴチャと交錯する。
「先輩、どうかしましたか?」
「あ、ううん。何でも」
心配そうに顔を覗き込んできた潤君に、私は慌てて笑顔を向けた。
「少し、休みましょうか」
そんな私を疲れていると思ったのか、潤君が浜辺に腰を下ろした。私もその隣にちょこんと座る。
作品名:私のやんごとなき王子様 波江編 作家名:有馬音文