私のやんごとなき王子様 波江編
9日目
昨日、水原さんの告白を聞いてから、頭から潤君の事が離れなくなってしまった。
水原さんの勇気をきっかけにして、自分の気持ちに気付いてしまった私―――
潤君は私に懐いていてくれるけど、それは本当に‘懐いて’くれているだけで、恋愛対象になんか、きっとなっていない。
潤君には水原さんみたいな彼女こそ、お似合いだと思う。
『来年も再来年もずーっと校内ベストカップル〜っていう感じ?』
耳の奥で水原さんの声がこだまする。
ああもう、何を考えているんだろう。
オディールの代役に選ばれたんだ。もっとしっかりしなくちゃ。
そうは思っても練習に集中できない。
「駄目駄目駄目!!」
練習室に演出担当者の声が甲高く響く。
「小日向さん、そんなんじゃ全然駄目だ! いいか? この場面はジークフリード王子がオデットにそっくりなオディールを見て心を奪われるという大事な所だ。君は王子を騙して手に口づけをもらうんだ! 騙しているんだぞ!? それをそんな申し訳なさそうな顔をしていたらおかしいだろう?!」
「ごめんなさい……」
オディールの代役となりセリフは圧倒的に増え、人前に立つ時間が一気に増えた。
今この瞬間もたくさんの視線を背中に感じる。ちらりと視線を馳せれば、視界に潤君が入ってくる。その横には水原さんも――彼女は演技指導を受けている私を見て小さく笑った……気のせいかな? 気のせいだよね。私、心が意地悪になってる……。
「いいか? 王子を騙した後のオディールは勝ち誇ったように笑うんだ!」
「はい」
勝ち誇ったように? もう一度、水原さんを見た。今度は確かだった。彼女は私を見て、まさに勝ち誇ったように笑っていた。
でもどうして? 昨日私が立ち聞きしてしまった事に気付いていたのだろうか? それとも――
「じゃあもう一度、王子がオディールを見つける所から!」
いけない。今はそんな事を気にしている暇はない。私は気合いを入れ直して、改めて演技に集中した。
作品名:私のやんごとなき王子様 波江編 作家名:有馬音文