私のやんごとなき王子様 風名編
すっかり誰もいなくなった劇場の舞台の上で、私は目をつぶって今日一日を思い返していた。
脚本担当の人達に風名君は怒られていたけど、それでもあの時の風名君の演技は見事だった。すごく感情がこもっていて、オデットを愛しているという想いが伝わって来た。愛する人を死なせたくないという気持ちが、言葉の一つ一つに乗せられていた。
「――滅びるのは僕一人でいい、あなたは、例えどんな姿であろうと生き続けなくてはいけません……」
風名君が膝を折って両手を着いていた辺りにしゃがみ込んで、私は風名君が言った台本には無い台詞を小さく復唱する。
本当に風名玲という人物はすごいと改めて感じた。
アドリブであんな演技が出来るんだもんね。私みたいな何の取り柄も無い女じゃ、つり合うはずが無いよ。
キュッと床を踏み鳴らす音が聞こえ、私は立ち上がった。
「……風名君―――?」
見る見る瞳が開いて行く。
驚きを通り越して何の感情も湧いて来なかった。
舞台袖から現れた風名君は、少し困ったような顔でゆっくりと私の前までやって来ると、舞台から客席を見下ろしてため息を吐いた。
「全部、終わったな」
「うん……」
どうして風名君がここにいるんだろう? もう片付けも全部終わって皆帰ったはずなのに。
私は忘れ物をしたのを取る為に、真壁先生にお願いして少しの時間だけ入る許可を貰っていたのだ。
「佐和山に小日向はどこにいるのか聞いたら、忘れ物取りに劇場に行ったって教えてもらったからさ」
「そうなんだ」
考えてる事が分かったのか、そう言って私を見て風名君は今度は肩をすくめる。
作品名:私のやんごとなき王子様 風名編 作家名:有馬音文