私のやんごとなき王子様 風名編
「あれ……?」
「よっ」
薄暗いロビーへ降りて行くと、そこには風名君が一人で立っていた。
明るく手を挙げて私を迎えてくれている。
他に誰かいないかと辺りを見ながら風名君の前まで行くと、風名君はにこりと笑って歩き出した。
「よし、じゃあ行こうか」
「えっ? あ、二人だけ……?」
「うん―――あれ? もしかして、二人じゃ嫌だった?」
「いや、そうじゃないけど……」
一体風名君が何を考えているのか分からない。もし私が風名君の立場だったら、告白された翌日に平常でいられる自信がない。だって相手はアイドルで、学校でも仕事場でも一緒にいる素敵な女の子なのだから。
どうして風名君は私なんかを誘ってくれたんだろう。
「今日の午前中は何だか様子がおかしかったけど、何かあったのか?」
はたと前を歩く風名君を見上げて足を止める。
何かあった。
そうだ、私は風名君の事が好きで、亜里沙様も風名君の事が好きで、それなのに風名君は私なんかを誘って海まで連れて来てくれて……
なんだかもう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「ううん。何にも無い」
咄嗟に取り繕った。
「そう? ほらあそこ」
丁度風名君も足を止めてこちらを向く。その指差す先には、3日前に教えてくれた洞窟があった。
「あ……」
「この間行けなかっただろ? だからさ、夜だけどちょっと行ってみないか?」
私の胸は心地よく鳴った。
あの日、亜里沙様と仕事の打ち合わせと言って二人でいなくなった。洞窟に行こうと誘ってくれたのに、亜里沙様を選ぶんだなんて偉そうに思ったことが思い出される。
風名君は覚えていてくれたんだ―――
自然と顔がほころぶ。ゆっくりと歩くこの時間がいつまでも続けば良いのに、と子どもみたいに思ってしまう。
作品名:私のやんごとなき王子様 風名編 作家名:有馬音文