紙の魚
静かな声がして、ひとりの少年が起き上がった。年のころは、十一、十二だろうか。だが、わたしの目をひいたのは、それではなかった。草の上に横たわっていたためか、短い髪は蓬髪のようにとがり、秋の陽の光が透けて、黒髪が一瞬、焔のように赤く見え、わたしはどきりとした。身にまとった怒気がかたちに現れ、荒削りの、少年らしい邪気のなさが、かえって、それを危ういゆらめきへと変えていた。
「りん、」と、はるは澄んだ声で、少年に呼びかけ、水路のそばへと滑り降りた。
「その呼び方は、やめろ。」
「はるは関係ない、あっち、行け!」
りんと呼ばれた少年を、囲んでいた年かさの子供たちの1人が、駆け寄ってきたはるの胸をどん、とついた。
はるは、「きゃっ。」と短い声をあげて、草のはえた土手のほうへ倒れこんだ。
「なにをする。」
少年の怒気が、動いた。わたしは背筋にひやりとしたものを感じながら、土手の上まで駆けつけた。
「きみたち、だいじょうぶかい?」
まんまるい瞳が、いっせいに、こちらを見た。ただひとつをのぞいて。
「だれじゃ?」
「お客さん、わたし転んじまって。すんません。」
「よそもんか。……りん、名主の言うことなんか、わしらはしらん。おぼえとけよ。」
はるの真似をした呼びかけに、ほかの子供たちが意地悪く笑った。そして、大人にはわからない合図を送りあって、それぞれに土手を駆け上り、散っていった。
わたしは、ゆっくりと水路のそばに残ったふたりのほうへ歩み寄った。草の上にしりもちをついてしまっていたはるの手を、りんと呼ばれた少年がひいて、立たせていた。内心心配していたが、はるは怪我もなく、気丈にも口を結んで、泣き出しはしなかった。
「はる、ああいうときはでしゃばるなって、前言ったろ。」
「そうだけんど、りん。あいつら、容赦ねぇから。」
「その呼び方やめろ。」
「名主さまも、ああまで言って、りんになにかあったらって、心配してた。」
「心配なんかじゃ、ねぇ。とにかく、俺のまわりから離れてろ。」