紙の魚
少年が、はるの腕をつかんでいた手を離し、わたしの横を通って、ずかずかと大またに土手を登ろうとした。まるで存在しないもののように、わたしに目を向けなかった彼が、土手の上を見やり、顔を上げて初めて、間近に彼の瞳を見ることになった。そのとき、初めて、わたしと彼の目が合った。黄土色の瞳の、瞳孔のまわりの虹彩と呼ばれる部分には、明るい緑色の斑点が散っていた。その緑の点の周囲は、溶けたように赤色のふちに彩られていて、まるで、茶色の瞳の裏側から、違うなにかが湧き出し、顔を出し、滲み出はじめているようだった。
その瞳の色の不可思議さに魅入られ、わたしは一瞬、彼の感情を忘れた。ほんの一瞬のことだったに違いない。
しかし、「ちっ」と、彼は不快を隠そうともせず、風を乱して、走り去った。
(次へ続く)