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ノノコが俺を舐める

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 俺はノノコの情報を蓄えている受信ボックスを定期的に全削除し、髪型の些細な変化、性格や態度の豹変だけでなく、ノノコの成長や変化の過程すべてを見過ごすような仕組みを導入して、意識的に、かつ無意識のうちに、ノノコを俺の世界から追いやったのだ。
「それじゃ、よろしく頼むよ、少年」
 そう言い残し、死神は空の彼方へと音もなく飛び去った。
 茜色だった天蓋は死神の姿を飲み込むと宵闇に染まった。夜道に点在する街灯を叩く虫の羽音が夜のしじまを打って悲しげな音色を奏でている。不快な音色。



 三

「あっくん! えへへ、今日はいつにも増して暑いねー」
「そうか?」
「うん。じゃ、シャツ脱ごっか!」
「断る」
「えー、なんでだよー。ぶ……げふげふ。……に、にゃーっ♪」
「おっ、それは新種の豚の鳴き真似かな?」
「……バカッ」
 教室の窓際、後ろから二番目に位置する俺の机に尻を乗り上げているのは同じクラスの女の子、通山ノノコ。ノノコはぺっ、と舌先を出して間抜けの猿みたいな形相をすると、ひょいっと机から下りて駆けるように自分の席へと戻っていった。
 一週間前、ノノコに告白……に近しい宣告をされてからというものの、休み時間の度にこのようなフェイズがあった。必ずだ。俺は未だにノノコが何をしたいのか、その意図が掴めない。
 死神から譲り受けた二つの黒林檎は、まだ俺の鞄の中で眠っていた。
 ——俺の『第六感』とノノコの『味覚』が入っているかもしれない、黒林檎。
 外見はどう見ても毒入り林檎にしか見えないそれを、俺は結局齧る事が出来なかった。もちろんノノコも食べていない。俺が食えないものをノノコに勧められるほど俺は男を捨てちゃいない。当然だ。しかしそれは同時にノノコが味覚を取り戻す契機を俺の手で、俺の勝手な都合で潰えさせているという事でもある。こういった場合は現状を維持、問題を放置して先送りにする事すら重い罪であるから、すぐに最善の道を模索しなければならないのだけれど、俺はそんなに頭がいい訳じゃないし縋るものもない闇の中から光明を見出してくれる仙人みたいな相談相手もいない。だから最終的に思考停止へと流れ着くのは必然で、俺は胸の奥に罪悪感を募らせながら今日も黒林檎を腐らせている。
「あっくん、あっくん、鎖骨のあっくーん♪」
 放課後、ノノコが妙な歌を口ずさみながらやってきた。メロディラインが完全に最近流行りのCMソングのパクリだった。
「あっくん、あっくん、鎖骨のあっくーん♪」
「鎖骨のあっくんって誰の事だよ」
「にぇっへへー。それはだーれだ?」
 と、ノノコは人指し指の先に口づけをして、少し濡れた指先でゆっくりと俺の顎に触れた。柔らかい指先は顎の輪郭をなぞって首筋に下り、そのまま俺の鎖骨を往復した。
「ね、あっくんの鎖骨、舐めていい?」
 俺は首を横に振る代わりにノノコの手を払って、出来るだけ早足で教室を出た。それでもノノコはちゃんと俺のすぐ後ろに続いた。その様子は親鳥に付いて歩く健気な雛のようだが、虎視眈眈と俺の鎖骨を狙っている獣のようでもあって俺は気が抜けない。
「ねーねー、さこつん」
「さこつんって誰だよ。俺を骨の集合体として見るんじゃねー」
「そんな風に見てないってばぁ」
 などと言いながらノノコは校門のすぐ外、まだ生徒が多く行き交う坂道の中途で脇目もふらず正面から堂々と俺の胸元に飛び込んできた。いや、正確には俺の鎖骨に唇を寄せてきたと言うべきか。
「わっ、こら、やめろ!」
 俺は俺の身に危険因子が迫った時にだけ見せる反射神経で大きく飛び退き、ノノコを遠ざけた。ノノコは俺を捕まえる事が出来ずにがっくしと肩を落とした。
「ぶーぶー、うちのさこつ……」
「お前はどうしてそこまで俺の鎖骨にこだわるんだよ?」
「理由がないからこだわりって言うのですよ」
「答えになってないぞ」
「てひーん♪」
 ノノコは笑って誤魔化すとそのまま坂道を駆け下りていった。
 坂道の途中、脇に逸れて俺とは違う帰り道を選択して辿ったノノコは、一車線ほどの幅しかない小さなトンネルの中に吸い込まれるようにして消えた。
「……俺にこだわるならそれなりの理由を用意してもらわないと、困るんだよ。お前はどうしてそれが分からない?」
 独り言のように呟いて、俺は俺の帰り道をゆっくりと下った。

 二つの黒林檎を机上に並べて、俺はノノコの事を考える。
 ノノコが俺に浴びせる『好き』の弾幕と、俺が求めている『好き』の形状や性質には大きな食い違いがある。間違いなく。ライクとラブや恋と愛の違いといった広く認知せられた問題の応用みたいなもんだ。この問題を解けば俺はノノコとの正しい距離を測れるような気がするし、解かねば先へは進めない。今のままじゃ距離感も高低差もあやふやで、まともに向き合う事すら出来ない。
「あいつに俺と向き合う気、あんのかな……」
 ノノコの心中にかかった靄は俺の不安を煽るし焦燥させられる。
「あぁ、どうすりゃいいんだよ……」
 俺がこんなにも苦悩しているというのに、明くる日もノノコは脳天気で無鉄砲だった。
 一時限目終了の鐘と同時に教室を飛び出し無人の保健室まで俺を誘拐したノノコは、また勝手にベッドを使ってごろごろしたりしている。
「あっくん、あっくん」
「なに」
「髪、結ってちょ」
「やった事無いから分かんないよ」
「やってみなくちゃ一生分かんないよ」
「おぉ、それもそうだ」
「いひひっ」
 俺はベッドに乗ってノノコの後ろに回り、さらさらの長い黒髪に触れてみた。俺の指がほぼ無抵抗でするっと髪の隙間を通る。
「ポニテ、よろしくねー」
 ノノコは灰色のシュシュを俺に渡すと正座に直り、背筋をぴんと伸ばして待機。やり方を教えてくれる気配が無いので俺は勘でノノコの髪を束ねる。「ん、ちょっと右寄りかな」「こうか?」「もっと下の方から纏めて。……うん、そんな感じ」「おっ、出来た」
 やたらと長いポニーテールになった。ノノコは視力検査表の隣にあった鏡で出来栄えを確認すると満足げな表情で振り返り、ベッドの上、俺の隣に密着して座った。
「ありがとっ! あっくん好き好きー」
「おし。じゃあそろそろ教室に戻るか」
「ぶー。なんでいっつもそうやってすぐに帰りたがるのさー。ぶーぶー!」
「おっ、豚の鳴き真似も板についてきたじゃないか」
「ちがやーい! もう、あっくんの意地悪っ!」
 不貞腐れたノノコはぼふんっと枕に顔を埋め、ダンゴムシのような格好でベッドの上に寝転んで唸っている。
「おい、何やってんだ」
「んー、ふてねー」
「寝てる場合かよ。もうすぐ授業始まっちゃうぞ」
「えー。……そだ、あっくん。一緒にサボっちゃお?」
「断る。ほら、さっさと起きろ。俺は先に行くぞ」
 ノノコを置いて保健室を出ようとした俺の後ろ手を掴む、ノノコの冷たい両手。
 細く白い腕に、うっすらと透き通った汗の雫が浮かんでいる。
「……ひどいよ、あっくん。うちを置いてけぼりなんて……この、根性無しっ!」
 ノノコの潤んだ瞳とへの字に曲がった下唇。
 俺を惑わす顔をして俺の手を強く握りしめるノノコの頭をくしゃくしゃと撫でてやると、ノノコはうーうーと言いながら首を左右に振った。
作品名:ノノコが俺を舐める 作家名:sisterist