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ノノコが俺を舐める

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 俺はノノコが何をしたいのか分からない。俺の鎖骨を舐めたいとしきりに言ってはいるが、それが本心なのかどうかも読めないし俺の鎖骨舐めたい病をこじらせるに至った経緯もさっぱり分からん。本当に唐突だった。これまで俺は中学一年から三年の夏、つまり現時点までずっと通山ノノコとは同じクラスでそれなりに会話はあったけど特別仲のいい関係という訳でもなかったし、あんな風な事を言う女の子だなんて全然知らなかったし、いつからこんな性格になったのかも分からないし、元々どんな性格だったのかもイマイチ思い出せない。だから尚更、俺はノノコを意識せざるを得なくなった。女の子の不自然な大変貌は男の平常心を容易に狂わせるし、何か新たな好奇心のようなものを呼び覚ます。
 だが、外見の変貌にすら気付いてやれない俺に、ノノコの何が分かるというのだろうか。
 始業の鐘を、俺は保健室の扉の前で立ち尽くしてその残響が消えてなくなるまで聞いた。



 二

 そいつはまるで仕事熱心な死神のように、俺の正面に堂々と立ち塞がった。
 しかしながら俺は一般的に言われている所の想像力ってのが欠乏しているようで、北欧神話とか創作ファンタジー小説の類は全く触れた事がないし、フィクションはあくまでフィクションとしか思えないし、先日のノノコの吸血鬼発言にしたって本当に馬鹿馬鹿しく胡散臭いとしか思わなかったので下手に適応しない事にしている。それなのにそいつはまるで絵に描いたような死神で、大きな黒マントで顔以外の肌を隠し刃の先端まで漆黒に染めた巨大な鎌を担いだ鋭い瞳の男で、もうなんていうか胡散臭さを凝結させたような奴でしかなく、下校中で夕焼けの河川敷を一人で歩いていた俺の目の前に舞い降りて、急に自己紹介を始められても困る。
「いやぁ。少年、初めましてだね。僕は君の死神です、よろしく」
 僕は死神です、ならまだ良かった。ギリギリ気持ちの悪い大人の悪戯って事で済んだ。しかし『君の死神』と名乗ってしまったこの男は、俺の瞳に紛い様のない異常人物として映ったしもうその先入観からは逃れる事が出来ない。『君の』という接頭がもたらす印象操作の影響力は侮れないのだ。俺は俺が異常と判断した人間は徹底的に避けて通りたいと思う性分で、こいつの内に秘めた非人間性の部分から目を逸らす事が出来ない以上、死神だろうと人間だろうと卵が先だろうと鶏が先だろうとそんなの知ったこっちゃねーし、とにかく俺はここから一秒でも早く脱したい。家に帰りたい。
 でも死神はそんな俺の願いを打ち砕くように立ち塞がっており、その立ち塞がり方というのがまた異様というか圧巻で、俺の視界を埋め尽くさんとマントを広げて退路を阻み、そこには一分の隙もなかった。仮に俺がすばしっこいネズミに変身出来たとしても、取り逃がしてはくれないだろう。
 成すすべなく立ち往生していると、死神が再び口を開いた。
「僕は君に、借りていたものを返しに来たんだ。受け取ってくれる?」
 俺はあくまで冷静に、死神との対話に応じる。
「人間に物をくれるためにわざわざ空からやってくる死神なんて、聞いた事無いな」
「おや、意外と冷静だね。君、さっきから何も僕について言及しないけれど、死神である僕の事が怖くないのかい?」
「正体を名乗れば身が竦んで言いなりになるとでも思ってんのか、死神って奴は。はっ、人間なめんじゃねーよ、さっさと地獄に帰れ」
「ははは、上等上等。君がとても交渉しやすい人間のようで助かったよ。たいていの人間は第一に僕が何者なのかを確かめたがるから、説明が長引いて厄介なんだよね。死神の定義から入らないと話が進まない人とかもいて、本当に疲れるよ」
 死神は鋭い眼光を放ったままで話し続けている。物腰と表情のギャップが胡散臭さに拍車をかけるが、俺はなんとなくこいつが本物の『死神』であると認めてしまっている事に気付いた。別に明確な理由はない。疑うのが面倒というのもあるけれど、こいつの語調には俺の気を許してしまう何かが含まれているように思えたし、それでこいつを認める根拠としては充分だった。
 で、俺が気を許したのを察したのか大きく間合いを詰めてきた死神は、マントの中からおもむろに黒い玉を取り出した。俺にも良く見えるようぐいっと突き出されたそれは、よく見ると黒く染まった林檎だった。
「じゃ、これ返す。一口齧ればそれでオッケーだから、取り戻すかどうかは君の裁量で決めるといいよ。無い方が幸せなことだってあるからね」
「……何だよ、これ」
「何って、君の『第六感』だよ」
「第六感? そんなもの俺には……」
 無い。
 俺には第六感が欠乏している。
 それをどうしてこの死神は知っているんだ?
 こいつが差し出した黒林檎、これが俺の失っていた第六感……?
「僕は悪魔使い様の依頼で、こうやって時折人間の『感覚』を無断で拝借しているんだ。もちろん、借りたものは倍にして返すのが礼儀だから、より研ぎ澄まされた『第六感』が君の神経に戻ってくるよ。——でも、気を付けてね。今まで無かった感覚が常人より敏感になって急に備わるんだから、あまり強い刺激を与えるとそれに肉体や精神が耐えきれなくなっちゃう。脳や血管が破裂して死んでしまう場合もあるかもね」
「……なんて迷惑な話だ。冗談じゃない。それじゃ倍返しどころか恩を仇で返しているようなもんじゃないか」
「だから、君が現状で満足していると思ったならその林檎を齧らなくてもいい。選択する自由はある。それと、林檎はナマモノだから時間が経つと当然腐る。腐った林檎ほど中の感覚も弱まっているから、ある程度時が経ってから頃合いを見計らって齧るのもよし、だね」
 俺は死神から林檎を受け取った。鋼鉄のように強固な表面をしているのに、発泡スチロール並に軽かった。無臭。これを齧ると俺は第六感を取り戻す事が出来るのだと言う。
 ……愉快な話だ。あまりに馬鹿馬鹿しくて楽しくなってくる。
 これでも創作ファンタジーの設定としては、よく出来た方なのだろうか。
 死神の話は続く。
「あぁ、それと、ついでにこれを通山ノノコに返しておいてくれないか? 彼女、君と親密な関係のようだし、僕はちょっと人間の女の子が苦手なんだよね」
 と、死神はもう一つの黒林檎を俺に投げて寄越した。
「おい、お前、ノノコからも第六感を奪ってたのか?」
「違う違う。それは通山ノノコの『味覚』だよ」
 俺はノノコに首筋を撫でられた時と似たような感覚に苛まれた。いや、似ているようで少し違う。あの時は恐怖ってやつが外部から俺の精神を蝕んでいた。だが今回はそうじゃない。俺の内部にある蟠りがぬるぬると臓腑にしがみ付いて「どうしてずっと先送りにしてきたのか?」と痛い所を突いて来る。どうやら俺は恐怖を記憶の底から引きずり出しているようだ。そして案の定、死神は俺の心臓に杭を穿つ決定的な一言を放つ。
「まさか君、知らなかったのか? 通山ノノコには、生まれた時から味覚がないんだよ」
 気付かないはずが無かった。
 二年半も一緒に同じ教室で学校生活を共にして、そんな重大な事実を見過ごすとは思えない。
 ただ、俺は気付きたくないだけだったのかもしれない。
作品名:ノノコが俺を舐める 作家名:sisterist