欲龍と籠手 下
アンジー至近距離で砲撃を食らい3mくらい真上に吹き飛ばされる。
「お前と俺じゃ。格が違うんだよ!格が!」
エルコットは真上に吹き飛ばされたアンジーにすぐさまおいつき、背後を取った。
エルコットは両手を組み合わせると高々と腕を振り上げる。
「思い知れ!」
アンジーの背中にエルコットの両腕の一撃が叩き込まれる。
「ぐあっ!」
その一撃でアンジーの体はひきしぼられた矢のような勢いで屋敷の床に叩き付けられた。
「ごほっごほっ!」
息が詰まってアンジーはせきこむ。
肺にすごい負荷がかかって息苦しかった。
手を床について、なんとか立ち上がろうとする。
さっき砲撃を食らった時の傷はもう塞がってきているが、背中に食らった衝撃で胸が苦しい。
エルコットはスタンと床に舞い降りた。
「おい。どうした?もう終わりか?」
よろよろと立ちあがろうとするアンジーを見て、エルコットは余裕の表情で言った。
つかつかとエルコットはアンジーに近付くと胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
「もっと遊ぼうぜ。なあ?それとも早く終わらせてほしいか?」
なぜか、アンジーの顔は不敵に笑っている。
「おい。何笑ってやがる?」
「終わりなのわ…。あんたさ。言ったろさっき、あんたの負けだって。」
「こんな状態で、何言ってやがる?」
「俺たちはあんたに負けない…」
「てめぇ、まさか…」
エルコットは辺りを見回した。さっきまで屋根の上にいた黒髪の男の気配がない。エルコットはアンジーの胸倉を掴む手を放した。
そして天井にあいた穴から勢いよく飛び出した。
空から眺めると井戸に駆け寄る黒髪の男の姿が月明かりではっきりと見えた。
「てめぇ!やめろ!」
エルコットがウォーレン目掛けて急降下する。
「邪魔させるもんか!」
アンジーは窓を突き破って、エルコットの赤い翼に組みついた。
「くそ!放せ!放しやがれ!」
エルコットは翼を掴まれて、うまく飛行できなくなる。
エルコットもアンジーも石畳の上に叩きつけられた。
エルコットが井戸を見ると、井戸に銃を向ける男の姿が目に入ってきた。
「お前!やめろ!やめてくれ!」
エルコットはウォーレンにむかって必死に叫んでいた。
これですべて終わる。
ウォーレンは井戸の暗闇の中にラッパ銃を突きつけると引き金を引いた。
砲身から青い巨大な炎の弾丸が放たれる。
ゴゴゴゴゴゴ
放たれた炎の弾丸は真っ暗な井戸の壁面を青白く照らしながら、どんどん奥へ奥へと進んでいった。
しばらくすると井戸の奥から爆発音が上がり、井戸と周りの石畳がぐらぐらと揺れ出した。
ウォーレンは井戸の底なしの暗闇の中から何かが押し寄せてくるのを感じて、飛びのいた。
ジャラジャラジャラジャラ
井戸から噴き出してきたのは大量の金貨だった。
まるで間欠泉のように井戸からは後から後から金貨が噴き出して、どしゃぶりの雨のように辺り一面に散らばった。
「痛てて、こりゃあ。贅沢なシャンパンファイトだ。」
ウォーレンは次から次から降り注ぐ金貨を頭で受けながら、つぶやいた。
金貨は石畳に落ちて来て、あっちでもこってでもチャラチャラと軽快な音を上げている。
「翼が…」
井戸から金貨が噴き出した瞬間、アンジーの背中に生えていた翼はボロボロと鱗が剥がれて段々と消えていく。金色になっていた髪も徐々に茶色に戻っていく。
同じようにエルコットの翼もボロボロと鱗が地面にこぼれて小さくなり、髪の毛も金から赤がかった色に変わっていく。
「お前ら…」
アンジーの少し前でエルコットは拳を血が出るほど強く握っている。肩は怒りでぶるぶると震えていた。
「お前ら、よくも俺の邪魔してくれたな。」
ウォーレンはラッパ銃を地面に置くと長い鉄パイプを握りなおした。
「お互い。そろそろ、終わりにしようじゃないか。」
ウォーレンは手に持っている長い鉄パイプを構えて、猛スピードでエルコットに向かって走り出した。
石畳を蹴り、一直線にエルコットに突っ込んでいく。
エルコットは全速力で自分にむかってくるウォーレンの姿を見て、にやりと笑った。
「バカめ!自分から俺の攻撃範囲に入ってきやがった!」
エルコットは左手を石畳につけた。
エルコットを中心に影が渦を巻いて、石畳に波紋のように広がっていく。
アンジーとウォーレンの足元もどんどん影に飲み込まれていく。
「また!あれか!」
ウォーレンは咄嗟に地面から次々と剣が突き上げてくるのを思い出す。
「アンジー!とにかくできるだけ地面の影から離れろ!」
ウォーレンはアンジーにむかって叫んだ。
アンジーは自分の背中に残っているわずかな翼を広げて、宙に舞い上がる。
ウォーレンはひるむことなく。影に飲み込まれた石畳を強く蹴りながら鉄パイプを突き立てて突き進む。
その走りには迷いがなかった。
しかし、まだウォーレンとエルコットとの距離は数メートルもあった。
パイプを投げたとしても、エルコットに届きそうにない。
「あばよ。」
エルコットがウォーレンにたむけの言葉を吐くとエルコットを中心にして地面から、千、万の刃が次々と突き上げた。
ウォーレンの目の前からもいくつもの刃が押し寄せてくる。
「うおおおおお!」
ウォーレンが走っていた場所もあっという間に刃で飲みこまれる。
瞬く間に石畳の庭を鋭利な刃が埋め尽くした。
エルコットは自分の勝利を確信する。
「身の程知らずが…」
剣が地面に次々吸い込まれていく。
エルコットは籠手で出したすべての剣を吸い上げた。
しかし、そこにはウォーレンの姿はなかった。
血の流れた跡すらない。
ただ、長い鉄のパイプが転がっている。
「あいつ!?どこへ?」
エルコットが辺りを見回す。
それは一瞬のできごとだった。エルコットの頭上に影が落ちる。
次の瞬間、エルコットの顔にすさまじい衝撃が走った。
「がはっ!!」
ウォーレンの飛びひざ蹴りがエルコットの顎に命中し、エルコットはばたりと後ろに倒れた。
ウォーレンも石畳に軽く体を叩きつけられた。
「うあっ。」
ウォーレンは地面に叩きつけられて思わず肩をおさえ呻いた。
「ウォーレン。無事でよかった、ぼかぁてっきり、串刺しになったかと。」
アンジーがほっとした顔でウォーレンに駆け寄った。
アンジーの髪の毛は元の色に戻り、背中にはもう何も生えていなかった。
「ああ、剣が突き上げてきたときに地面に鉄パイプを刺して、その上に登ったんだ。危うく本当にバラバラになるところだった。」
ウォーレンは土埃と汗でべたべたになった額を手のこうで汗をぬぐいながら言った。
「はぁ、とにかく、エルコットも倒した。あとは籠手をもらって、試合終了だ。もう俺は疲れたぞ…」
「ああ、ゆっくりと休みたいね。」
アンジーがそう言った時だった。
突然、大きな影が月の光を遮った。
二人の上に大きな影が落ちる。
「ウォーレン、後ろ!後ろ!」
アンジーはぶるぶると指を震わせて、ウォーレンの後ろを指差した。
「後ろ?」
ウォーレンが首だけ回して、後ろを向いた。
それはひどくずんぐりむっくりとしていて、ひどく不細工な姿をしていた。
平たい三角頭は1mくらいありそうで大きな口は人を丸のみできそうだ。
手はとても短く、腹が地面をすっている。