欲龍と籠手 中
エルコットは冷たい目でアンジーを睨みつける。
「うるせぇな。お前もお前の仲間も盗賊なら、どんな報いを受ける覚悟くらいできてんだろうが。それともなにか、てめぇもいざとなれば、あれこれ自分の理屈をこねるくちか?え?」
「そういうわけじゃ…」
「俺はてめぇみたいに覚悟のない、利口ぶってる奴が大嫌いなんだよ。見てるとぶん殴りたくなる。世の中の理屈が嫌で盗賊やってんだろうが!盗賊が理屈をこねるんじゃねぇよ。みっともねぇ。気取り屋の三つ編み野郎が!お前の相棒もお前みたいな女の腐ったような奴が仲間で気の毒だぜ。」
エルコットは高笑いした。
アンジーは走って逃げだした。
「てめぇ!」
アンジーはすぐにエルコットに追いつかれて、つかまり。
胸倉をつかまれて、壁に体を押し付けられた。
「てめぇ、俺は逃げようとしたら、ただじゃすまないって言ったよな。」
エルコットはアンジーに言う。
アンジーはエルコットを睨みつけて言う。
「僕はお前のいいなりになんてならない!」
「あ?」
アンジーの言ったことにエルコットは首を傾げる。
「なんか言ったか?」
「おとなしく仲間をおびき寄せるための餌になるくらいなら、ここで暴れてお前にボコボコにされる方がましだ!」
アンジーは大きな声で叫んだ。
それを聞いて、エルコットは高笑いをする。
「おうおう。こりゃあいい。やっと男になったか三つ編み野郎。少しは見直したぜ。それじゃあ、お望み通りにここでボコボコにしてやる。」
そういって、エルコットは右手を振りかざした。
エルコットに殴られる。でも、しかたがない。そう思い、アンジーは目をつぶった。
次の瞬間、エルコットは蹴られて吹き飛ばされた。
「お前は!?」
エルコットは自分を蹴り飛ばした相手を睨みつける。
そこには黒髪ぼさぼさ頭の男が立っていた。
「アンジー、溺れ死んだんじゃないかと心配したぜ。」
そこにはウォーレンの姿があった。
蹴り飛ばされたエルコットは立ち上がり笑っている。
「こりゃあいい。そっちから姿を現してくれるなんて好都合だ。」
アンジーはウォーレンに駆け寄った。
「ウォーレン。早く逃げよう。あいつとまともに戦っても勝ち目はない。」
ウォーレンは剣を抜いて構えた。
「いーや。逃げたってしょうがないさ。どうせ、あいつから籠手を奪わなきゃいけないんだからな。それに今度はあいつから逃げ切れそうにもないし。」
エルコットは道のわきにとめられている車を持ち上げて、二人めがけて放り投げた。
がしゃんと車は音を上げてふっと来る。
「アンジー、ちょっとどこかに隠れてろ。」
アンジーはビルの陰に身を隠す。
エルコットは翼を広げて、放り投げた車の上に舞い降りる。
「さて、母さんのロケットを返してもらうとするか?」
「俺たちはあんたの持ってる籠手さえ手に入ればいいんだ…。ロケットとあんたのはめてる籠手、交換とはいかないのか?」
「却下。あんた自分の立場わかってる?わかってないよね?交渉ってのは力が対等な相手がするものさ。俺は力づくでロケットを返してもらうし、籠手も俺のもんだ。」
「そうかい。じゃあ、勝った方が総取りってことで。」
ガキン!
エルコットが左手の籠手で放ったパンチをウォーレンは剣で受け止める。
金属と金属が擦れて、ぎちぎちと音を上げる。
「三つ編み野郎とちがって、あんたはなかなかやるじゃないか。」
「そりゃどうも。あんたこそ、マザコンのわりにはなかなかやるよ。」
二人は間合いを取る。
エルコットは空に舞い上がり左手を振り上げる。
左手の周りに黒い渦が発生する。
「これでもくらいな!」
エルコットが左手を振り下ろすと無数のナイフや手裏剣がウォーレンめがけて降り注ぐ。
ウォーレンはすばやい動きで飛んできた刃物を避ける。
今度はエルコットは弾丸のように急降下してくる。
エルコットは右手をするどいかぎづめに変えて、ウォーレンめがけて突進してくる。
ウォーレンはエルコットの姿を見据えて、剣を握りなおす。
次の瞬間、エルコットとウォーレンの体が一瞬交差した。
一瞬の間があいて、うめき声が上がる。
エルコットが切りつけられて、よろめき膝をついた。
ウォーレンはふぅと安堵して、鞘に剣をおさめる。
ウォーレンはエルコットに向き直る。
「さぁ、お前の負けだ。ロケットは返すから、大人しく籠手を渡してくれ。」
それを聞いてエルコットは右手で顔をおさえて笑いだした。
「あんた強いね。だけど、これで俺を倒せたと思ってるならそれは大きな思いちがいだ。」
エルコットは切りつけられた傷をおさえて立ち上がった。
「やめとけ、もう動かない方がいい。」
その様子を見て、ウォーレンはエルコットを心配する。
「それはどうかな?」
エルコットが軽く傷をさするとあっという間にエルコットの切りつけられた傷がふさがっていく。
「なんでだ?」
ウォーレンの顔が驚愕する。
「龍の生命力を侮ってもらっちゃ困る。あばよ。」
エルコットは翼を軸に一回転してウォーレンの顎を思い切り蹴りあげた。
ウォーレンは後ろに倒れて、気を失った。
エルコットはかがみこんでウォーレンに手を伸ばす。
「うおお!」
アンジーがビルの隙間から駆けだしてきて、エルコットめがけて鉄パイプを振り下ろした。
エルコットはなんなく鉄パイプを受け止める。
「ウォーレンを殺るなら、まず僕をやってからに…」
アンジーは僕をやってからにしろと言いかけて、エルコットの右ストレートを食らいひっくりかえった。
エルコットはウォーレンの上着のポケットからロケットを見つけだす。
「今日はこのへんにしてやる。」
道路に仰向けに倒れている二人に一瞥するとエルコットはその場から立ち去った。
第10章 クオレの頼み
ウォーレンが目を覚ますとアンジーが自分の顔を覗き込んでいた。
「よかった。ウォーレンが目を覚まして。」
アンジーがほっとした声を上げた。
どうやら自分はだれかの家のソファに寝かされているらしい。
ウォーレンは上半身を起こした。
「あれ?俺はどうしたんだ?痛たた。」
ウォーレンは顎に痛みを感じて、自分の顎をさすった。
エルコットに顎を思い切り蹴りあげられたことを思い出す。
「そうか…俺、あいつに負けたのか。」
「お前の物は俺の物だ」
おぼろげにエルコットの言葉を思い出す。
「お前の剣術が気に入ったからいただく」と奴は言って気もする。
「悪いアンジー。俺の剣を取ってくれるか。」
アンジーはウォーレンに剣を手渡す。
ウォーレンは鞘から剣を抜くとじっと剣を眺める。
やっぱりおかしい。剣をどう振っていいのか。いままでどういう風にふっていたのかが思い出せない。とんと見当もつかない。
剣って案外重たいだなとまるで、はじめて剣を握った素人のように思ってしまった。
エルコットの言っていたお前の剣術をもらいうけるというのはこういうことだったのか。
さすがは概念的な物すら略奪できるという触れ込みの籠手だと少し感心してしまう。
剣を鞘に戻すとウォーレンはベットから起き上がった。
「もう横になってなくて大丈夫?」