欲龍と籠手 中
「まぁな。いつまでも。ひっくり返ってもいられないから。ただ、本気でかかってあいつに歯が立たなかったのと俺の剣の技を全部あいつに盗まれたのはショックが大きいな。」
ウォーレンは苦笑いした。
「え!剣の技を全部盗まれた?!」
アンジーは信じられないという顔をする。
「ああ、いままで覚えてきたはずの剣技が全く思い出せないんだ。たしか、言ってたよな。略奪の籠手は概念的な物まで盗めるって。どうもあいつにやられたらしい。」
アンジーは腕を組んで深刻そうな顔で部屋の中をぐるぐるまわった。
「しかし。どうしようか。君が本気で挑んでも、あいつに敵わなかった。しかもいまじゃ君の剣技まで奴にとられちゃった。もう打つ手がみつからない。」
「そうだな。正直、どうしていいか俺にもわからない。せめて、あいつ強さの秘密がわかって。弱点さえつかめればな…」
そんなことをウォーレンはこぼした。
「弱点ならありますよ。」
突然、女の人の声がして、ウォーレンは声のした方を見る。
部屋のドアの前に黒髪の少女が立っていた。
「君は?一体?」
ウォーレンは初めて見る娘に一瞬戸惑った。
「ああ、ウォーレン。彼女はクオレ。川で流された僕のことを助けてくれたんだ。」
アンジーはクオレのことをウォーレンに紹介した。
「どうも、相棒がお世話になりました。俺はウォーレンと言います。」
「はじめまして、ウォーレンさん。クオレです。」
クオレは頭を丁寧に下げた。
あわせて、ウォーレンもぺこりと頭を下げた。
「それで、あの?弱点を知っているというのは本当なんですか?」
「ええ。私に心当たりがあります。」
「しかし、なぜあなたがそんなことを俺たちに教えてくれるんですか?」
「私はエルコットを友達だと思っています。だからこそ、彼を止めたいんです。話はアンジーさんから聞きました。あなた方はエルコットの持っている籠手がほしいそうですね。そのために彼の弱点を探してるとか。」
「まぁ、そうですけど。」
「私、あなたたちに彼の持っている籠手をどこかに持って行ってもらいたいんです。そして彼をクロイモリの呪縛から解放してほしい。」
「クロイモリ?なんなんだ?それ?」
クオレは話し始めた。
「クロイモリはエルコットがアジトにしている屋敷の庭の井戸に巣くっている妖精です。ある日、エルコットが井戸の精と話しているところを私見てしまったんです。
井戸の精、クロイモリは言っていました。
母親を生き返らせてやる。もっと強い力を思えにやる。だから、そのためにもっと金貨を井戸に注ぎこめって。」
クオレは話を続けた。
「私は見たことをエルコットに話しました。いくら妖精が不思議な力を持っていても死んだ人間を生き返らすことができるはずはない。あなたは井戸の邪悪な妖精に騙されているって私なんども止めようとしたんです。ですが、その話をするたびに彼はお前には関係ないことだ。お節介をやかずにほおっておいてくれって言って、相手にしてくれないんです。
エルコットは粗暴でわがままですけど、私を励ましてくれたり、母さんを探してくれたりする本当は優しい人なんです。なんとか、クロイモリを倒してほしいんです。」
「クオレの言葉に耳を貸さないなんてなんて奴だ!」
アンジーは憤慨して言った。
「なるほど、その井戸の中に潜んでるクロイモリを倒せば、エルコットは力の拠り所を失って普通の人間に戻るってわけか。それなら、なんとか籠手も奪えそうだな。」
ウォーレンは腕組みしながら言った。
その後に少し呆れたように言った。
「それにして、エルコットの奴。母親を生き返らせるときたか…マザコンだとは思ってたけど、こりゃ重傷だね…」
「まぁ、そう言うな。俺ももう一度お袋に会えるなら会いたいと思うときはある。」
ウォーレンは静かにそう言った。
「あの、お二人にもう一つお願いがあります。」
クオレは遠慮がちに言った。
「盗賊同士の戦いが多くの血が流れるものだということは十分わかっています。ですが、エルコットの命だけは勘忍してやってください。無茶なお願いだとわかってますけど、お願いします。」
クオレは深々と頭を下げた。
アンジーとウォーレンはこくりとうなづきあった。
「安心して下さいよ。僕たちは別にあいつに恨みがあるわけじゃない。命まで取ったりしませんから。」
アンジーは力強くそう言った。
「本当ですか。」
クオレは目を輝かしてそう言った。
「だけど、俺らの命が取られることはあるかもね…」
ウォーレンはぼそっと小声でそう言った。
「よし!とにかく、やるしかない。まず、そのクロイモリを倒そう。」
「まぁ、そうだな。」
二人は準備をしだした。
アンジーはクオレが預かっていたラッパ銃を受け取り、背中に担いだ。
ウォーレンは振い方を思い出せないがないよりはマシだろうと考えて剣を一応携えた。
二人はクオレの家を後にした。
二人の姿をクオレは見えなくなるまでずっと見送っていた。