欲龍と籠手 中
厨房ではエプロンをつけたクオレが食器を洗っているところだった。
「あの~。お客さんが来てたみたいですけど。もう帰ったんですか?」
声をかけられてクオレは階段から下りて来たアンジーに気がついた。
皿を布巾で拭きながらアンジーの方を振り返る。
「あら、アンジーさん。ええ。今しがた帰りました。また眠ってたそうですね。すみません。私、友人と先に食べちゃいました。あなたの分、机の上に取ってありますから、どうぞ召し上がってください。」
「はぁ、ありがとうございます。いただきます。」
アンジーは目の前の席に腰掛けた。
切り分けられたバゲットにバターを塗りほおばる。クオレが厨房からコーンスープを運んできた。スープからは湯気が上がっている。
「あの?彼とは、お友達なんですか?エルコットと…」
スープを運んできたクオレにアンジーは少し、遠慮するように尋ねた。
「え?エルコットのことですか?ええまぁ」
「彼は凶悪犯ですよ。あなたは恐くないんですか?」
「ええまぁ。友達ですから。あなたは自分のお友達が恐いですか?」
そういって、クオレは厨房に戻って行った。
「……」
アンジーはもうそれ以上何もきかないことにした。
アンジーは黙ってスプーンでスープをすくうと口に運んび、すすった。
温かくて、とてもおいしかった。
口の上でまろやかなスープの風味が広がり、トウモロコシの粒を噛み潰すとぷちっと旨味が舌の上に広がった。
しかし、胡椒が少し足したいと思い。テーブルの上にのっている胡椒に手を伸ばした。ふと胡椒の隣りにあるものが置いてあることに気がついた。
古ぼけた籠手だ。
「!?」
アンジーはまさかと思い、すかさず小手を取って、調べる。
手のひらに穴が開いている間違ない本物の略奪の小手だ。
アンジーは自分の目を疑った。
自分がほしいと思っていたものがこんなにあっさりと手に入るとは。
「あの!クオレさん!ごちそうさまでした。僕、急用を思い出したのでお暇します。」
籠手を握るとアンジーはそう言って席を立った。
「え!まだデザートがあるのに。」
クオレは残念そうに、盆にプリンを持って厨房から出て来た。
これであのおそろしいエルコットともおさらばできる。
明るい気持ちでアンジーは出口に向かって走った。
アンジーがドアノブを掴んで開けようとしたその瞬間、目の前のドアが勝手に開いた。
「わりぃ、わりぃ。忘れ物しちまった。」
アンジーの目の前に、テンガロンハットを被った金髪の男が立っていた。
二人の男の視線がかちんとあう。
「……」
「………」
二人の男は玄関の前で数秒間、黙ってお互いの姿を見つめあった。
「さよなら!」
先に動いたのはアンジーだった。方向転換すると窓に向かって必死に走る。
「あ!てめぇは!」
我にかえったエルコットがアンジーの後を追う。
「待ちやがれ。このメガネザルが!」
アンジーはエルコットに服の襟を掴まれて、捕まえられる。
エルコットはアンジーの胸倉を掴んで吊しあげる。
アンジーの体はエルコットに軽々と持ち上げられる。
エルコットの瞳は怒りでメラメラと燃えているように思われた。
「もう逃がさねぇぞ。逃げられないように足の2、3本折ってやろうか?」
エルコットは悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「ちょっと。エルコット突然どうしたの?アンジーさんを離しなさい!」
クオレが二人のもとによってくる。
「クオレは黙っててくれ!こいつは形見を盗んだふざけた盗賊野郎だ。また何か企んでやがるにちがいない。」
そう言って、エルコットはアンジーの胸倉をつかむ腕に力をこめた。
「く、苦しい!」
アンジーの首が絞まってアンジーは顔を歪める。
「エルコット!怪我した人をいたぶるなんて品がありません!いますぐやめなさい!」
クオレははっきりした口調でいった。
「お前は黙ってろって言っただろ!」
急にエルコットは声を荒らげて、クオレを怒鳴りつけた。
エルコットはクオレをにらみつける。
それでもクオレはエルコットの目をまっすぐ見据えて、はっきりした口調でもう一度言った。
「もう一度言います。いますぐやめなさい!」
二人はしばらく黙ってにらみ合っている。
エルコットはチッと舌打ちすると、アンジーを放した。
アンジーは床に叩き付けられて、げほげほとせきこむ。
「命拾いしたな。」
エルコットは吐き捨てるように言い、アンジーの手から小手をひったくり席にどかりと座った。
クオレがアンジーに駆け寄る。
「アンジーさん。エルコットにロケットを返してあげて。あのロケットは彼の大切なおかあさんの形見なの。それさえ返せば丸くおさまるわ。」
「それが…」
アンジーは自分の相棒がロケットを持っていることを説明した。
「本当にてめぇは持ってないんだろうな?あ?」
椅子にロープで縛りつけられたアンジーをエルコットは問い詰める。
「嘘じゃないです。本当です。」
アンジーは縮みあがって答えた。
「本当だと思うわ。私、彼の服を繕ったけど、ロケットは持っていなかったもの。」
クオレが助け舟を出す。
アンジーは刻々とうなづいた。
「なら、しかたない。お前を餌にして仲間をおびき出すとするか。一緒に来てもらうぞ。」
エルコットはそう言って、アンジーを引き立てて行った。
「俺からそう何度も逃げられると思うなよ。妙な真似したら、八つ裂きにしてやる。覚えとけ。」
エルコットのどすの利いた声にアンジーはすくみあがった。
第9章 敗北
川沿いの道を二人の男が歩いている。
先頭を歩いているのは眼鏡をかけたおさげ髪の男。その後ろをテンガロンハットを被った金髪の男がぴったりとくっついて歩いている。
「あの、旦那?一体どこまで歩けばいいんで?」
アンジーは軽く後ろを振り返りエルコットに尋ねる。
「橋だよ。橋。あそこに見えるだろうが?」
エルコットは川の上流の方を指差した。鉄骨の橋が見える。
橋は真ん中がすっぽり無くなっているが、かろうじて橋の原型をとどめている。
間違いないあれは昨夜エルコットが破壊した橋だ。
すこし橋のわきに目をそらすと昨日ウォーレンと自分がエルコットと盗賊たちの攻防を高みの見物していたビルも見える。
いくら、下が川だからといって自分は良く生き延びたものだ。
自分は小さいところでは運が悪いが、いざという時は幸運に恵まれるのかもしれないと思った。
「あの?橋に行ってどうするんですか?」
「決まってんだろ?てめぇをさんざん痛めつけてから、橋桁に吊るすんだよ。」
アンジーはエルコットの言葉に驚くてっきりエルコットはクオレの言葉を聞きいれて、自分に手荒なマネはしないとばかり思っていた。
エルコットは話し続ける。
「そうすりゃ、仲間にちょうどいい目印になるだろうが?安心しろよ。仲間も仲良くボコボコにして隣に吊るしてやるからよ。」
なんだって、ウォーレンまでいためつるけるとさっき言ったのか。
「そんな!あんまりだ。仲間には手を出さないでくれ!」
アンジーは足を止めて、エルコットに抗議する。
「もちろん。ロケットを盗んだ自分たちが悪いのはわかってる。だけど、わざわざ僕の仲間を痛めつけてから、ロケットを取り返さなくてもいいじゃないか。ロケットが返ってくればそれでいいだろ!」