欲龍と籠手 上
アンジーは首のもげたライオンの像を彫像をペチぺチ叩きながら言った。
「お、あんなとこに井戸があるじゃん。」
ウォーレンが指差した。
庭の片隅に古ぼけて苔の生えた井戸があった。そうとうに古そうな井戸だ。
二人は駆けよって中を覗いて見る。中は真っ暗で底が見えない。
「ん?なんだ?」
ウォーレンは手をついた井戸の縁に何かへこみがあるのに気がついて、苔の生えた井戸の石を軽くこすった。
どうやら、文字が書かれているようだった。
「何々?文字が書いてあるって?」
アンジーはひざまずくと、井戸の縁の文字を調べ始めた。
「ええと、捧げよ…願い…叶う………満たされる…解き放たれる…。後はよく読めないな…」
ウォーレンはポケットの中を探り銅貨を一枚とり出した。
「へえ、願いが叶う井戸か…いっちょ試してみるか。」
井戸に銅貨を放り投げて手を合わせた。
「どうか、アンジーのヘタレが治りますように…」
「余計な御世話だよ!」
アンジーは目をくわっと見開いた。
「それじゃ、僕も…」
アンジーがそういって懐から財布を出すとドバッと手のひらに小銭をだした。その拍子に3枚金貨が指の間からこぼれ落ちた。
「あっ!」
金貨が井戸の縁に一度ぶつかってチャリンという小気味のいい音をだす。
金貨はキラキラとまたたきながら井戸の闇の中に吸い込まれていった。
「あ~!!僕の金貨!!」
アンジーは絶叫すると井戸の縁に身を乗り出して中を覗き込む。
あまりに頭をつっこんむもんだから、アンジーは井戸の中にバランスを崩しておっこちそうになる。
「あわわわわ。」
危ないところをウォーレンがアンジーの服をつかんでなんとか引き止めた。二人はその場に尻餅をつく。
「危ねえな!」
「金貨が…」
アンジーは恨めしそうに井戸の中を覗き込んだ。
井戸の中は暗くてまったく見えない。失った金貨をもう取り返せそうになかった。
「金貨は諦めろよ。そのかわりおつりがこないくらい神様にお願い事しとけ。」
アンジーは手を合わせて、「美女、美女、美女、美女」とずっと連呼していた。
二人は庭を抜けて、屋敷の建物の前に立った。
屋敷は昔貴族が住んでいたであろう風格があるどっしりとした構えをしていたが、外壁をツタに飲み込まれている。
二人は屋敷の正面の大きな扉の鍵を開けると、中に忍び込んだ。
屋敷に踏み込むと歩く度に床がギシギシミシミシと不穏な音をあげた。
床の板は半ば腐っているようで変色し、壁はしっくいが剥れて無残な有様になっていた。あちらこちらに蜘蛛の巣がはっている。
「う~わ。きったね~。」
厨房らしき部屋を覗いて、アンジーは思わず鼻をつまんだ。
扉を開けた物音に驚いて、ネズミがちょろちょろと壁の穴に駆けて行く。机や壁に大きな出刃包丁が無造作に突き刺され、芯だけになったリンゴがそこらへんの床に転がっている。使われて汚れた皿は洗われた形跡がなく、まるで塔のようにうずたかく積まれていた。
アンジーが厨房の中を見回した。
「あいつ、一体飯はどうしてるんだろうね?」
「ここには、何もありそうにないな。ほかの部屋を探そうや。」
二人が一階のどの部屋を覗いても、手掛かりになりそうなものは何もなさそうだった。
二人は階段をギイギイいわせながら、二階に上がっていく。
二階の廊下は階下よりもなお一層いたみがひどい。老朽化は甚だしくあちらこちらに穴があいていた。
薄暗いため、穴があいているのが特にわかりずらい。二人はつま先で前方を確かめながら慎重に進んだ。
二人は次々に部屋を開けていくがほとんど、使われた形跡がなかった。
二人はつき当たりの最後に残された奥の部屋にいきあたった。
ギギギギィ、二人は扉をあけて中に入った。
その部屋だけは整理され、掃除もしてあるようで綺麗に整っていた。
床は修復されているのか強く踏んでも軋まない。床には丁寧に虎の敷き革までしいてある。
壁には大きな街の地図が貼られていて、ナイフやダーツの矢がいくつもプスプス刺されていたり、赤いペンで何やら日付や文字が書いてある。その横の壁には真っ赤な斧、サーベルが綺麗に飾られていた。
机の上は本や地図でごちゃごちゃ積まれている。
「やけにこの部屋だけ。綺麗だね。」
アンジーは壁に貼られた地図を見ながら言った。
「ここがあいつの書斎ってことか?」
「うわ!これかっこいい!」
突然、そう言うとアンジーは壁に飾ってある柄の長いラッパ銃に駆け寄り、手にとってしげしげ眺め始めた。
ウォーレンは辺りを見回した。
「それにしても、おかしいと思わないか?」
「何が?」
アンジーはラッパ銃を我が物顔で背中に担ぐとウォーレンの方を向き直り首を傾げた。
「屋敷の下も上も探したが、金貨一枚みつからない。あいつはどこに金を隠してるんだ?」「そう言われてみれば…」
そう言われれば、そうだと言いかけた時アンジーは机の下できらりと輝くものを見つけた。アンジーはしゃがみこみ。机の下に手を突っ込んで、机の下を探った。
「どうした?アンジー?」
「一つお宝をみつけたよ。」
アンジーは立ち上がると金のロケットをウォーレンに見せた。
ロケットはきらきらと美しく光っている。
「ほー、なかなか。高価そうなロケットじゃん。」
ウォーレンは目を細めて眺める。
アンジーは眼鏡を額に上げて、しげしげとロケットを眺める。
「ここのところに龍の紋章が彫ってあるよ。かっこいいね。しかもかなり年代物だ。きっとすごく高く売れるよ。」
そんな風に二人が会話していると、唐突に部屋の窓が開いた。その瞬間、部屋の中に風が流れ込む。
突風に壁に貼られた地図の端がはためき、カーテンが風をはらんで膨らんだ。
アンジーとウォーレンは突然開いた窓の方を見た。
窓の縁にカツンという、ブーツの音が響く。
部屋の大きな窓からワインレッドのコートを羽織り、テンガロンハットを被った青年が部屋に入ってきた。
ウォーレンはその姿を見た瞬間、ファーブニエル・エルコットに間違いないと思った。
背が高く、一見華奢な体つき、新聞に写っていた盗賊の姿と一致する。
エルコットの肩まで垂らした金髪が風で揺れている。エルコットはアーモンド型の輪郭をしていた。目はとろんと垂れさがり、鼻がつんととがっている。一見すると女性とも思える中性的な顔立ちをしている。
エルコットは軽蔑したような冷たい眼差しを二人に向けると、口を開いた。
「忘れ物を取りに来てみたら、とんだ客がいたもんだ。」
エルコットの声には明らかに敵意が見て取れた。
「アンジーどうする?逃げるか?戦うか?こいつ例のエルコットなんだろ?」
ウォーレンは小声でアンジーに声をかけた。
アンジーは冷や汗を拭いながら、小声で答えた。
「と、とりあえずは話合いを…もしかしたら、話のわかる相手かもしれない。」
アンジーはくいっと眼鏡を指であげるとゆっくりと話し始める。
「どうも、こんばんは。黄金狂のエルコットの旦那。評判はかねがね聞いてます。勝手に屋敷に上がってしまって申し訳ない。私たち同業者でしてね。つい悪い癖でして。」
エルコットはアンジーのことをなおも冷たい目で睨みつけている。
そのことに気がついてアンジーはたじろぐ。
「あの、旦那…。」