欲龍と籠手 上
「嫌だね。一体どこに。そんな黒焦げのサイコロほしがる奴がいるってんだ?」
ウォーレンはそう言うと肉を口に頬張った。
第3章 襲撃
「あそこにいたぞ、屋根の上だ!」
街の慌ただしさや工場の憂鬱な煙とは無縁の静かな郊外の屋敷で慌ただしく人が走り回っている。
だれもが寝静まっていた屋敷は招かれざる客の出現で一変する。
屋根の上にはテンガロンハットを被り、ワインレッドのコートをたなびかせた男が月を背にたたずんでいた。
男はすらりと背が高く、華奢な体つきをしている。
「逃がすな!」
そう怒鳴りながら、屋根に次々と武装したガードマンがよじ登ってくる。
ガードマンたちは男を囲むとジリジリとにじり寄り、屋根の縁へと追い詰めていく。
男はゆっくりと後ろ向きに数歩下がる。
屋根の縁ギリギリのところで男は足を止めた。
「ここから下は10mはある。もう逃げ場はないぞ。観念しろ。コソ泥め。」
ガードマンの1人が怒鳴った。
確かにガードマンの言うとおり、屋根の上から下の庭は目がくらむような高さで落ちたら、ひとたまりもなさそうだった。
しかし、なぜか、男はその顔に不敵な笑いを浮かべていた。
ガードマンが降参しろと言いかけた矢先。
男は勢いよく屋根を蹴って、屋根の上から飛び降りた。
ガードマンたちは突然のできごとに唖然となり、放心状態になる。
ガードマンたちは我にかえると屋根の縁に駆け寄り、下を覗き込んだ。下の庭の垣根の間をワインレッドのコートを着た男が走っているのが見えた。
「賊が庭に下りたぞ!」
その声とともにたくさんの武装警備兵が庭に集まってくる。
侵入者は庭の迷路のような高い垣根に挟まれた通路を走っていた。
侵入者が通路の角を曲がった時に「来たぞ、かまえろ!」という声があがる。
男の数メートル先、真正面にキャノン砲が設置され、その横には数人の武装警備兵が立っている。
男は待ち伏せされたのだ。
「そこを動くな!動けばキャノン砲で木端微塵だ!」
警備兵は数メートル先に立っている男に怒鳴った。
男は警備兵の言ったことなどかまわず、左手をかざして迫撃砲を構える警官のたちにむかって突っ込んでくる。
「くっ、血迷ったか!撃て!」
ずどーんというすさまじい轟音が辺りに響き、迫撃砲がむかってくる1人の男に発射される。キャノン砲の砲弾はもの凄い速度で撃ちだされた。
次の瞬間、男の装着した籠手の手のひらにぽっかりと空いた大きな穴の周りに黒い影が渦が発生する。
飛び出した砲弾はまるで無数の糸が絡まり、手繰り寄せられるように籠手の穴の中に吸い込まれた。
「なぜ爆発しないんだ?」
警備兵は呆気にとられる。男は左手を垣根にむかってかざした。
次の瞬間、垣根は焼き払いわれて、吹き飛んだ。
男は新しくできた道を走っていく。
男はしばらく走り垣根を向けて噴水のある広場に出た。
その時に男は包囲されたことに気がつく。周りの垣根や茂みからがさがさという音がする。人が無駄のない動きで行動する気配を感じる。四方の茂みから銃を構えた兵隊が出てくる。
様子がいままでの武装警備兵とは明らかに雰囲気が違う。かなりの手誰と見える。
男は先端に剣と銃を突きつけられて取り囲まれる。
男は目深にかぶったテンガロンハットの下から辺りを見渡し、兵隊たちに冷たい視線をむける。
兵隊の中から貫禄のある男がずいと前に進み出た。
頬に傷があり、顔に凄味がある。部隊の隊長にちがいない。
男は野太い声で宣言した。
「観念しろ。よくも好き勝手やってくれたもんだ。貴様も特殊部隊精鋭20人を一辺には相手できまい。」
隊長は鋭い目つきで男を睨みつけた。
「それはどうかな?」
男はおどけたように肩をすくめた。
「自分が今どんな状態にあるのかどうやら、わかっとらんらしいな。貴様。」
「よくわかってるつもりさ。兵隊さんがこんな輪になって発砲したら同士打ちになっちまうもんな。言うこと聞かなかったら、剣で俺を一斉に串刺しにでもするつもりなんだろ?」
隊長は拳をわなわな震わせている。
「社会の落ちこぼれにしては、よくわかってるじゃないか。やれ!お前たち!」
兵隊たちは一斉に剣をつきたてて男にむかっていく。
どんどん包囲の輪は狭まる。
ついに四方八方から男にむかって剣が突き立てられた。
兵隊が男の周りを埋め尽くし、金属がぶつかりあうガチャガチャと冷たい音が響く。あたりは静まり返る。
次の瞬間、兵隊の中から悲鳴が上がり、男を囲んでいた数人の兵士が後ろに跳ね飛ばされた。
「なんだ?」
隊長は目を疑った。そこには突然、まるでコウモリのような巨大な翼が一枚現れた。炎のような真っ赤な色の翼だ。
その翼の一振りが兵士をなぎ倒した。
兵士たちは震えおののき、男からあたふたと距離をとる。
男の背中からは大きくて真っ赤な翼が2枚生えていた。
隊長は愕然と男のその姿を眺めた。その時の隊長の顔は目の前の光景が信じられないといったものだった。
「き、貴様は、一体、何者なんだ?」
隊長は震える声で男に聞いた。
男は隊長の姿を眺めると不敵な笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと口を開く。
「俺は…」
「撃て!!!!」
男がしゃべろうとした瞬間、隊長は部下たちに銃撃の指示を出した。
茂みの中からキャノン砲が次々に発射され男が立っていた場所は爆炎に包まれる。
噴水の広場はにわかに明るくなる。
「ふはははは、消し飛びやがった。」
隊長は高笑いを上げた。
「間抜けなコウモリ野郎だ。」
隊長がざまぁみろといいかけた矢先、爆炎の中から人の影が姿を現した。
「名乗ってるとき攻撃するなんて、ひどいんじゃないの?」
男は真っ赤な翼を折り曲げて、まとっていた。
男はまとっていた翼を広げて、辺りの火や煙を払いのける。
男は翼をはばたかせて、隊長の目の前に一瞬で躍り出た。
「なっ!?」
一瞬のできごとで隊長は呆気にとられる。
次の瞬間、男は翼を軸にして勢いよく空中で一回転した。
その際に蹴りあげた足が隊長の顎をとらえる。
隊長は顎を思い切り蹴りあげられた衝撃で、のけ反り、その後、ばたりと後ろに倒れこんだ。
一部始終を見ていた隊員たちは悲鳴を上げた。
「間違いない!赤い翼にテンガロンハット!こいつファーブニエル・エルコットだ!」
隊員たちは隊長を失い。こんな化け物相手に敵いっこないと次々に逃げ出した。
エルコットはあたふたと逃げていく隊員たちと気を失って倒れている隊長を交互に眺めていた。
第4章 龍のねぐら
「ここがエルコットがねぐらにしてるって噂の屋敷か。」
その屋敷はまわりをぐるりとでレンガの塀で囲まれていた。
ウォーレンとアンジーの二人はエルコットの隠れ家に何か秘密が隠されているのではないかと考えて、やってきたのだ。
「奴が外に出ていくのを見計らって、侵入しよう。」
エルコットが屋敷の門から出ていくのを見計らって二人は塀を乗り越えて屋敷の敷地に飛び込んだ。
庭は石畳になっていた。敷き詰められている石は凸凹とあちこちが盛り上がって隙間が空いている。ほかには龍やライオンらしき生き物を象った彫像が無造作に並べられている。
どれもこれも雨風で風化したり、体の一部がどれも欠損していた。
「何か、やつの弱点の手掛かりがみつかればいいけど…」