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スカイグレイ
スカイグレイ
novelistID. 8368
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惜別

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 わたしはわたしをリーアンに、縛り付けている。
「どうして」
 わたしの口から言葉が勝手に飛び出しました。
「どうしてあなたにそんなことを言われなくてはならないのですか」
 言ってしまってから、はっとしました。他人に対して、こんなにはっきりと反発したのは初めてです。なぜ、我慢できなかったのでしょう。聞き流しておけば済むことなのに。
「別にあんたにはあたしの言うことを聞かなきゃいけない義務はない。あたしが言いたいことを言ってるってだけの話さ」 
なぜか占い師さんは、にやりと笑って言いました。
「ただね、わかっておいてほしいのさ。あんたがそこまで妹さんにこだわるのには、わけがある」
「……わけ、ですか?」
「そう。それは、あんたと妹さんの過去にある」
 占い師さんは、わたしの額に人差し指を突きつけました。
「残念ながら、それはあたしが教えてあげることはできないよ。あんたが自分で見つけなきゃならない」
「わたしが、自分で」
「そりゃ、絶対やれとは言わないけどね。……おっと、もうこんな時間だ。他に何か、聞きたいことはあるかい?」
 聞きたいことは、と急に言われても、咄嗟に思いつけるものではありません。それでも、尋ねてみたいことは一つだけありました。
「あの、今のお話とは関係ないのですが……」
「ん? なんだい。言ってごらん」
「さっき、わたしの前にここにいらした女の人は……、どうしてあんなに怒って出て行かれたのでしょうか」
 占い師さんはしばらく考えていましたが、ああ、と思い出したように言いました。
「顔を見た瞬間に望みはわかったからね、あんたの努力次第だと言ってあげたのさ。……さて、そろそろいいかい? お代は銀貨二枚、いただくよ」

              ***

 いったい、わたし達の過去に何があるというのでしょう。わたしがリーアンのことを気に掛けるのは、姉妹だからというだけで、それ以上でもそれ以下でもないはずです。わたしは今の生活に満足しているのですから、あの占い師さんの言ったとおりにしなければならない理由など何もないはずなのに、なぜか気になってその夜はよく眠れませんでした。
 翌朝、食堂に降りて来たリーアンは、朝ご飯を食べながらこんなことを言いました。
「姉様、私、怖い夢を見たの」
「怖い、夢?」
 わたしは、盲目のリーアンも夢は見るのだと知って、驚きました。今まで彼女は一度もそんな話をしたことはなかったのです。
「高い所から、まっさかさまに落ちていくの。悲鳴を上げたいのだけど、声が出ないの。どこまでもどこまでも落ちていって、もうだめだと思った瞬間に目が覚めたの」
 目が見えない私が「目が覚めた」って表現を使うなんて変な話だけれど、とリーアンは笑いました。
「そう、怖かったのね」
「ええ。でも私、同じ夢を前にも見たことがあるような気がするの。ううん、絶対にあるわ。それも、何度も。とてもとても小さな頃から時々……」
 これはどういうことなのでしょう。小さな頃から何度も同じ夢を見るということは、何かリーアンが体験したことに基づいているのでしょうか。
「何度も繰り返し見るというのは、少し気味が悪いわね。……そうだ、母様の部屋に夢占いか何か本があるかもしれないわ。後で調べてみましょう」
「ありがとう姉様。何かわかったら教えてね」
「ええ、もちろんよ」

「ええと、夢占いの本は……あった! これだわ」
 朝食の後、リーアンは本を読むと言って自室に籠もってしまい、わたしはリーアンの夢の謎を解き明かすべく母様の部屋にいました。主のいない部屋は、母様が生きていた頃と何も変わっていません。もの、特に本が多すぎるので、私ひとりでは遺品の整理ができないのです。
 母様が几帳面な性格だったことが幸いして、きちんと整理された本棚から、わたしは目当ての本をすぐに見つけることができました。
『夢診断』の章を開き、『落ちる』の項目を探します。
〈何かに不安になっている心の表れ。失敗を恐れていたり、解決できない問題を抱えている〉
 本人に聞いてみないことには断言できませんが、リーアンには当て嵌まらないような気がします。幸か不幸か、失敗を恐れるどころか、リーアンには成功させなければならないことなどあった試しはないのですから。どうやら、予知夢の類とは違うようです。
 わたしは本を閉じ、もとあった所に戻しました。改めて本棚を見ると、母様が相当占いに凝っていたことがよくわかります。占いに関する本だけで、棚を二段占領しているのです。夢占いの他に、星占い、姓名判断、手相占い、人相占い、風水など、種類も多岐に渡っています。思わずため息をついたその時、一冊の茶色い革表紙の本がわたしの目に飛び込んできました。背表紙には題名が書いてありません。何の気なしに取り出して表紙を見ると、そこには金色の文字で『日記』と書かれていました。
「母様、日記なんてつけていたの……?」
 なるほど、木を隠すなら森の中、本を隠すなら本棚の中、ということなのでしょう。わたしは、いけないことだとは思いつつも、読んでみたいという欲望に抗うことはできませんでした。日記はわたしが生まれた日から始まっていましたが、母様は書きたい時だけ書くことにしていたようで、一週間に一日、記述があるかないかです。内容はわたしとリーアンの成長記録のようなものばかりでした。初めて立ち上がった日、初めて歩いた日、初めて母様を呼んだ日……。その言葉のひとつひとつに母様の愛情が籠もっているのが感じられて思わず目頭が熱くなり、慌てて袖で顔を拭いました。
そうして涙ぐみながらページを繰っていたわたしは、「今日、ジーナに手を上げてしまった」という文章を目にして、驚いて手を止めました。何があったのでしょう。わたしには母様に手を上げられた記憶はありません。日付を見ると、私が三歳、リーアンは生まれてからやっと一年経つか経たないかくらいの時です。リーアンはもちろん、わたしに記憶がないのも無理はありません。

『今日、ジーナに手を上げてしまった。母親として最低だと思う。リーアンが階段から落ちて、頭を強く打つ大怪我をしたのだ。お医者様は、どこかに後遺症が残る可能性があると仰っていた。問題は、リーアンが落ちた時、その場にジーナしかいなかったことだ。私も夫も、どうしても体の弱いリーアンに構いがちになってしまって、ジーナの相手を十分にしてやることができなかった。そのせいで、ジーナが癇癪を起こすことも、最近ではしばしばだった。だから、もしかするとジーナがリーアンを突き落としたのでは、と変に勘繰ってしまった。ジーナは、リーアンがいなくなればいい、と思ったのでは? いなくなってしまえば、私達の愛情を独占できると考えたのでは? 恐ろしい考えばかりが頭の中で渦巻いている。
 ジーナは泣きながら否定した。リーアンは自分で勝手に階段から落ちたのだと言っている。嘘をついているようには見えなかった。それでも、私は自分の子どもを信じてやることができないのか?
本当のことは誰にもわからない。誰も見ていなかったのだから。』

「あ……、そんな……」
作品名:惜別 作家名:スカイグレイ