YEAH!! 年末
「飲み物なくなったから、買ってくるよ」
そして、立ち上がり、止める間もなく部屋を出ていった。
後に、猫と呆然とする女子学生だけを残して。
もう暮れきった町を、藤宮は走る。苦い後悔を噛み締めながら。
(俺はバカだ──。自分があんなに嫌だったこと、人に言うなんて──)
信号で止まるたび、どこかにいないかと周りを見回す。自転車にぶつかりかけ、歩く人を避けながら、傍目には頼りなく、彼は走った。とうとう、駅前のこのあたりでは一番大きなパチンコ屋に飛び込んだ。一列ずつ、客の顔を見て回る。不審そうに睨まれるが、今日は怯まなかった。店内を全部見て回っても、ピンとくる顔はいない。途方に暮れて、カウンターのウェイトレスに尋ねる。
「あの……、あの…………、ここに、──男の人きてませんでしたか?」
咄嗟に出た質問は、あまりにマヌケだった。
「男性のお客様ならたくさんいらしてますよ」
商業用スマイルで慇懃に答えられる。
「ええと……、背はこれくらいで、ちょっと痩せてて……、……髪が黒くて……」
頭の中のイメージを、上手く言葉に表現できない。ウェイトレスは苦笑を浮かべて、首を捻った。
「さぁ。それだけじゃちょっと」
「ええと、顔は…………」
もっと細かく説明しようとして、藤宮はだんだん不安になってくる。
(なんだろう。なんで俺、顔もおぼろげになってきてて……。そうだ、名前。名前、ええと……なんだっけ、ド忘れして、る……?)
別に、記憶力は抜群というわけではないが、苦手なこともない。だいいち、毎日顔を合わせて暮らしていた相手だ。それなのに、目の形や鼻や口や、輪郭、髪型さえ。記憶を探ろうとすればするほど、すりガラスの向こうのように曖昧になっていくのだ。
藤宮は、すがるようにウェイトレスを見た。けれど、もちろん彼女にもどうしようもない。藤宮は礼を言って、店を出た。
(なんで──こんなに不安になるんだろ。もう二度と、会えないような気がする──このままじゃ)
とぼとぼと歩きながら、それでも道いく人々の中に面影を探す。
スクランブル交差点が青になって一斉に動き出した人の群の中に、確かな後ろ姿があった。藤宮は人波をかき分け、必死にそれを追いかける。なんとか追いつき、肩を叩いた。
「……!」
振り返った顔は、別人だと一瞬でわかる。呼び止められた男は、不審そうに藤宮を見た。